義歯の限界―インプラントへどこで踏み切るか?

院長のコラム

義歯の限界―インプラントへどこで踏み切るか?

当院に長く通われている、今年90歳になる女性の患者さんのお話です。
それまでお使いだった総義歯の不具合を訴えていらしたのは1999年で、その後16年間のうちに私が数回、義歯を作製しました。新しい義歯が入った当初はよく噛めていたものの、数年すると合わなくなり、ここ数年は調整を行ってもなかなか以前のように噛むことができなくなってきました。
患者さんは新しい義歯を作れば良くなるのではとお考えなのですが、歯科医師としては、この状況が劇的に改善するとは考えにくく、残念ながらこれが義歯の限界なのです。

つまり長期にわたって義歯を使用することにより、顎の骨が徐々に少なくなり、顎堤(歯が生えていたところの歯肉の盛り上がり)が下がって平らになってきますので、義歯の、特に水平方向での安定性が損なわれ、義歯が動きやすく、外れやすいものになってしまうのです。

義歯の限界―インプラントへどこで踏み切るか?

総義歯に代わる補綴(ほてつ)治療の選択肢として、インプラント治療があります。
インプラントは外科処置を伴いますので基本的にこちらからお勧めすることはないのですが、この患者さんの場合、総義歯ではすでに限界であり、インプラントにすれば、はるかに噛めるようになることがわかっているので、お話ししてみました。

噛めるということについて、総義歯と比較してインプラントの優位性についてのエピソードです。
私はインプラント専門医・指導医ではありますが、それ以前に補綴専門医・指導医であり、大学では学生には総義歯の作製を指導している身です。私が自身の勉強のため、参加させて頂いたセミナーの講師で、総義歯治療で高名な先生ですら、現在では総義歯の難症例ではインプラントの応用を推奨されておられました。

現に、総義歯治療が得意であった父の歯科医院の患者さんで、義歯がどうしても合わず当院でインプラントにしたところ、劇的に噛めるようになった方がいらっしゃいます。
元々、インプラントは下顎に1本も歯のない方のために開発されたものですが、私の母も総義歯からインプラントに替えたことで、人生が変わったと申しておりました。

私のこれまでの経験から申し上げると、インプラント治療を受けて、最もその効果を実感できるのは、それまで総義歯をお使いだった方です。
前述の患者さんに戻りますが、「インプラントは恐いから」とずっと拒否されていたのですが、ここ数年はいよいよ噛めなくなり、こんなことならもっと早くにインプラントにしておけばよかったと後悔されているようです。ただ、90歳の今からインプラントにするかどうか、全身状態も鑑み、年齢によるリスクを考えると、患者さんもご家族も歯科医師も安易には手術に踏み切れない状況です。

またご家族によれば、この患者さんは昨年から認知症の症状が出始めているとのことでした。認知症発症の原因のひとつとして、十分に噛めなくなったことで歯根の周囲にある歯根膜や咀嚼筋(顎を閉じるための筋肉)から脳への刺激がなくなり、それが認知機能の衰えを招くという研究結果も出ています。

インプラントが日本に導入される以前は、全ての歯を失った場合の治療法は総義歯のみでした。
現在のように平均寿命が90歳近くなると、もし50代から総義歯になってしまうと、前述の患者さんのように30年以上義歯を使い続けることになります。
その間、徐々に顎の骨を失い、義歯が使いづらくなって食事を楽しめなくなり、脳に刺激が伝わらないことで認知機能に障害が出てくる可能性を考慮すると、生涯、義歯で不自由なくものが噛めてQOL(生活の質)を保つことには限界があるように思えます。

だからと言って歯を失ったらすぐにインプラントをお勧めするわけではありませんが、外科処置を伴うインプラント治療では、全身疾患の状況を考慮する必要があり、あまりお歳を召してからだと手術が困難になる場合もあります。

以前のコラムで取り上げた記事に「歯を失うと家計まで苦しい」というのがありました。
昨今の状況では、「歯を失うと認知症のリスクが高まる」というのが事実かもしれません。
自分の歯であれ、人工の歯であれ、十分に噛めることが、いろいろな意味で健康的な長寿社会を楽しむための鍵になるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

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