危険な「ブラキシズム」をご存じですか?

危険な「ブラキシズム」をご存じですか?

ここ数年、歯の根が折れた・割れたという主訴で、歯根破折保存治療噛み合わせ(咬合)治療を希望される患者さんが増加傾向にあります。
今回はそれらと深い関わりを持つ、ブラキシズムについてのコラムです。

「ブラキシズム」とはなじみのない言葉だと思いますが、「歯ぎしり」でしたらご存知でしょう。
この歯ぎしり・噛みしめ・食いしばりを総称して「ブラキシズム」といいます。
そして、このブラキシズムは、皆さんの想像以上に歯には大きなダメージを与えてしまいます。

一般的に人が歯を失う原因は、外傷を除けば細菌感染と噛み合わせの力の問題によるものです。
1位の虫歯や歯周病は、主たる原因が細菌感染で、2位の歯牙・歯根の破折は、噛む力の問題によります。

もちろんブラキシズムが無くても歯が割れる可能性があります、ただ、ブラキシズムのある方の場合、歯牙・歯根の破折の可能性は非常に高くなります。また、ブラキシズムによる悪影響は歯牙・歯根破折のみならず、顎関節症、歯の摩耗、知覚過敏など、様々な症状を引き起こします。また歯周病にブラキシズムが加わると、急激に歯周病が進むともいう報告もあります。

ただ、やっかいなことに、ブラキシズムはなかなかご自身では認識しづらいものです。
就寝中の歯ぎしりは音が出ますのでご家族に指摘されて発見される場合もあるのですが、噛みしめは音が出ないので、他覚的には分かりにくいものです。私たち歯科医師や歯科衛生士がお口の中を拝見し、すり減った歯の状況から判明することが殆どです。

このブラキシズムの原因なのですが、残念ながらまだはっきりとは解明されておりません。
全身的な因子としては先天的なもの、ストレスなどがあげられます。また、局所的因子(口腔内の問題)としては噛み合わせの問題が挙げられています。

原因が明確でないため、治療法にも明確な指針がないのですが、全身的な因子によるものは、歯科医院では治療困難であり、対症療法としてナイトガードの使用があげられます。

ナイトガードとは、夜間、就寝中にマウスピースを装着して頂き、歯ぎしりや噛みしめがあっても、マウスピースがクッションとなり、個々の歯へのダメージを軽減しようというものです。
当院では3種類の素材のナイトガードを扱っております。薄い素材のほうが違和感は少ないのですが、その分、耐久性に劣ります。厚ければ耐久性には優れますが、その分、装着時の異物感が強くなります。

ブラキシズム

また、ブラキシズムが原因での歯根破折を起こした場合、せっかく治療が成功しても、ブラキシズムにより再度その歯、もしくは他の歯の破折を起こす可能性があります。そのような場合、予防処置としてナイトガードの装着をお勧めしています。噛み合わせの問題については歯科界でも統一見解がないのですが、当院では咬合調整を推奨しています。

虫歯が減りつつある現在、次に注目される口腔の問題がこの「ブラキシズム」なのです。
ただこのストレス社会ですから、なかなか根絶は難しいかもしれませんね。
頬杖をつかない、電話を首に挟んで話さないなど、ちょっとした習慣を改めることで、ブラキシズムを起こさずに済むかもしれません。当院では、このブラキシズムについてわかりやすく説明した書籍を待合室に置いております。是非一度ご覧いただき、ご自身にブラキシズムが無いか、セルフチェックをなさってみてはいかがでしょうか。

そこはかとない緊張感

そこはかとない緊張感

さて、今回は歯科の世界を離れ、ベルギーのお話をさせて頂きます。
なぜベルギーかというと、ベルギーは私が吉田デンタルクリニックを開業する以前の大学在職中、短期間ですが留学をしていた思い入れのある国なのです、
1994年のことですから、もう22年も前のことになります。

本年2016年はベルギーと日本の友好150周年の記念の年であり、そのためか、比較的ヨーロッパの中ではマイナーな(?)存在であるベルギーを特集した番組が多いようで、今年に入って既に3回も放映がありました。そのなかで印象に残った言葉があります。

「そこはかとない緊張感」

ベルギーに「そこはかとない緊張感」が漂うのは、この国がかなり複雑な環境にあるからです。
面積は日本の四国の1.5倍ほどですが、1993年の憲法改正で連邦制に移行し、ブリュッセル首都圏地域、フランドル地域(北側半分)、ワロン地域(南側半分)の3つの地域と、フラマン語(オランダ語)共同体、フランス語共同体、ドイツ語共同体の計6つの組織で構成されています。日本人からみるとチョコレートとワッフルと小便小僧で有名な美食の国でありますが、内情はなかなか大変です。

私が見た番組の一つでは、同じベルギー人でありながら、集まって会話をする際、それぞれが相手の語学力を考えながら適切な言語を選んで会話するという場面がありました。また、フランドル地域とワロン地域には経済的な格差もあり、イギリスのスコットランドやスペインのカタルーニャ同様、独立運動の動きもあります。その際、「そこはかとない緊張感」という言葉が出てきたのでした。

私の留学先は首都ブリュッセルから車で30分ほど、オランダ語圏のルーヴェンという町でした。
世界中から学生が集まっていたので、公用語は必然的に英語でしたし、大学町でしたので治安も良く、その頃は能天気に暮らしていたものでしたが、昨年のパリでのテロ事件の主犯がベルギーで生まれ育ったベルギー人であることにはとてもショックを受けました。ただ、ベルギーがあのように言語・民族・人種が複雑に入り混じった国であることを鑑みると、客観的に見ればさほど不思議ではないのかもしれません。

今年は2年に一度、市の中心部にあるグランプラスという広場で開催されるフラワーカーペットの年に当たります。ベゴニアの生花を巨大な花のじゅうたんとして敷き詰めるこのイベント、毎回のテーマがあるのですが、今年は「日本」だそうです。

ベルギーブリュッセル・グランプラスのフラワーカーペット

写真は私の滞在時のフラワーカーペットの様子です。
これからもベルギーが「そこはかとない緊張感」を保ちながら、同時に平和な国であってほしいと願っています。そして今年のフラワーカーペットが、無事に開催されることを祈ります。

あまりに毛色の違った院長コラムになってしまったので、ここで強引に歯科治療に結び付けようと思うのですが、「そこはかとない緊張感」は、治療を行う上で、患者さんにもあったほうが良いと思います。

「全て先生にお任せします。」という患者さんがたまにおられます。
歯科医師を信頼してくださってのお言葉と思い、有難いのですが、それでもご自身の身体にかかわる問題なので、ある程度、治療に積極的にかかわり、ご希望やご心配なことはおっしゃっていただいたほうが、より治療の成功につながると思います。

もちろん、私は「そこはかとない緊張感」ではなく、「120%の緊張感」をもって治療に当たります。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。

杭工事データ改ざんから医療の倫理について考える

杭工事データ改ざんから医療の倫理について考える

少し前になりますが、横浜のマンションの基礎杭工事で、データの不正改ざんが発覚しました。
その後、全国で同様の問題が次々と報告され、業界全体を揺るがす大きな問題になっています。

一連の報道を見ながら、私はある患者さんのことを考えていました。
この方は、ご自身のご両親の代から同じ歯科医院におかかりで、口腔内を拝見すると全て保険外の被せ物で修復されており、これまでかなりの額の治療費をかけられていると推測されました。

ではなぜこの方が当院にいらしたかというと、歯茎からの出血が続いていたため、かかりつけの歯科医に相談したところ、問題は無いと言われ(!)、次に内科医に相談したところ、全身的な問題で歯茎からの出血が常態化するとは考えにくく、歯の問題である可能性が高いとのご判断で、その内科医の紹介で当院にいらしたのです。

歯茎からの出血で最初に疑われるのは歯周病です。
歯周精密検査の結果、健康な歯茎であれば深さ2~3ミリであるはずの歯周ポケットが、浅いところでも7ミリ、奥歯は10ミリ以上で、全ての歯から出血が確認されました。

これは明らかに重度の歯周病です。
歯科医師ならこの重度の歯周病に気づかないはずはありません。
また、ここまで歯周病が進行するには、かなりの年月がかかっているはずです。
当院でただちに歯周病治療を開始しましたが、残念ながら既に保存不可能な歯もありました。

患者さんは長年、口臭と歯茎からの出血に悩み、歯槽膿漏(歯周病)ではないか?と何度尋ねても大丈夫と言われ続け、また、一度も歯周病検査を受けていなかったそうです。
かかりつけの歯科医はもちろん患者さんの歯周病はわかっていたはずですから、憶測ですが、(敢えて)告げなかったのではと思います。

ではなぜ告げなかったのか?
自院では歯周病治療を行っていなかったのかもしれません。歯周病治療は場合によっては痛みや腫れが伴います。セラミックを被せたり、ホワイトニングで歯を白くしたりなど、見てすぐ効果がわかるわけではないので、患者さんにはあまり嬉しくない治療かもしれません。
ですが、歯の土台をしっかりさせて、歯を長く持たせるためにはどうしても必要な治療であり、これは歯科医師であれば誰でも知っていることなのです。

杭工事データ改ざんから医療の倫理観について考える

杭工事の問題に戻りますが、テレビ番組の解説で、ある大学教授が、これは「住民に対する裏切り行為である。」と話されていました。
大手のデベロッパーの物件であることに信頼を寄せて、マンションという高額な買い物をしたのです。まさか基礎の杭打ち工事のデータに不正があったなどと、考えてもみなかったことでしょう。

この患者さんの場合も、残念ながら同様の状況ではないでしょうか。
歯を支える土台の工事(歯周病治療)をせず、綺麗な被せ物を入れてしまえば、患者さんにはその下は見えないからいいだろうということなのでしょうか。
ふと思ったのですが、このような治療は、杭工事の問題同様、日本全国で広く行われていることなのでしょうか。この患者さんがたまたま当院にいらしたので、私が気がついてしまっただけなのでしょうか?

どのような職業であれ、倫理は必要ですが、人の身体に責任を持たねばならぬ医療人は、より崇高な倫理が要求されるものと私は考えています。
歯周病があり、土台の具合が悪いところに高額な修復物を入れることなど、私には考えられないことです。

私が今すべきことは、この患者さんができるだけ長く、ご自身の歯で快適に噛めるような治療を行っていくことです。歯科医師としての倫理に従い、自分自身に恥じることのない治療をこれからも行っていきたいと、改めて再確認した出来事でした。

歯根破折=即 抜歯=インプラント ではありません

歯根破折=即 抜歯=インプラント ではありません

先日、ダイヤモンド社の雑誌で歯の最新治療が取り上げられ、そのなかで歯根破折保存治療も紹介されました。
実際に記者がこの治療を受けた体験談も載っており、歯根破折保存治療も徐々に市民権を得つつあるようです。
この治療を受けられる歯科医院のひとつとして当院も掲載されているからか、歯根破折保存治療についてのお問い合わせが増えています。

以前のコラムでも書かせて頂きましたが、この治療についてのお問い合わせのうち、8~9割が、歯科医師から歯の破折を宣告され、これはもう抜歯してインプラントしかないと説明を受けられた方からのものです。なかにはその日のうちに抜歯しましょうと言われ、気が動転した患者さんは、慌てて逃げ帰ってきました、というケースも伺いました。

あまりに皆さんが口を揃えて「インプラントしかないと言われた」とおっしゃるので、試しにインターネットで破折について検索してみたところ、「歯の根が折れたらインプラント」というような謳い文句の歯科医院が複数あり、あぁ、なるほど、と思いました。

歯の根が折れたり、ヒビが入って歯茎が腫れた、噛むと痛い、こんなに辛いなら抜いてしまったほうが楽だ、と患者さんが訴えるなら、歯科医師はすぐに抜歯の処置に入るべきかもしれません。ただ、患者さんご自身にお困りの症状がないのに、「抜歯してインプラントしかありませんね」と歯科医師にインプラントに誘導されても、患者さんにとってはそれこそ晴天の霹靂で、すぐには抜歯には踏み切れないお気持ちは尤もだと思います。

先日いらした患者さんも抜歯を宣告されてから自宅に戻り、インターネットで検索の結果、歯根破折保存治療を見つけ、この治療を行う1軒目の歯科医院では歯科医師から治療不可能と診断され、2軒目の歯科医院では電話で状況を説明したところ、診察せずにそのまま断られ、3軒目で当院にお越しになり、やっと治療を受けられて無事、治療成功となり、抜歯を免れることができました。

このダイヤモンド社の雑誌には、歯根破折保存治療が受けられる歯科医院として、東京都内で5軒の歯科医院が掲載されています。基本的な治療法は同じだと思いますが、健康保険外の治療法ですので、それぞれの歯科医院で治療費の設定に差があったり、また歯科医師の考え方にも差は出てくるのでしょう。

歯根破折保存治療に関しては、いろいろな考えがあると思います。この治療をなさっていない圧倒的多数の歯科医師にとっては歯の根が折れた=抜歯という考え方が一般的ですし、その延長としてインプラントを勧めるのだと思います。確かに破折した歯をそのまま放置することは、将来的な治療に悪影響を及ぼす心配はありますのでお勧めはしませんが、歯根破折保存治療を行うことにより、抜歯せずに済む可能性があります。
診断の結果、この治療法が適用できず、残念ですが、状況として抜歯しか選択肢が無いというケースもありますが、全ての症例が抜歯の選択肢しかないというわけでもありません。

全ての歯根破折=即 抜歯=インプラント ではありませんのでご安心下さい。

ちなみに私はインプラント専門医の資格を持っていますが、インプラントご希望の方以外に、私からインプラントをお勧めすることもありませんので、こちらもご安心下さい。

歯根破折症例写真

ブローネマルク・システムを知らない?

院長のコラム

ブローネマルク・システムを知らない?

先日インプラント学会認定専門医の資格取得を目指す歯科医師向けに、1年間にわたる講習会の第1回が開催され、講師の一人として講義をさせていただきました。講習会終了後、聴講者の一人である先生が私のところに質問に見えたのですが、その質問の内容が・・・

「先生、今日は有意義なお話を有難うございました。ところで先生が講義の中で話されていたブローネマルク・システムというのはすごいですね。どんなインプラントなのですか?
ノーベルバイオケアとか、3iとかなら知っているのですが。」

私は唖然としました。
インプラントの専門医を目指す歯科医師が、ブローネマルク・システムを知らない???

インプラント治療を手がけているまっとうな歯科医師であれば、この私の驚きがどれほどのものか、ご理解いただけると思います。ただ、一般の方にはわかりにくいと思いますので少し解説させて頂きますと、ブローネマルク・システムとは、スウェーデンのイエテボリ大学医学部のブローネマルク教授が世界で初めてチタンと骨との結合を発見し、その教授が開発された世界で最も普及しているインプラントシステムです。

義歯の限界―インプラントへどこで踏み切るか?

そのブローネマルク・システムを販売しているのがノーベルバイオケア社で、また、3iとは他社が取り扱っているインプラントシステムです。この先生はインプラントシステム自体と、それを扱う業者の区別さえついていないのです。

繰り返しになりますが、この講習会はインプラントの専門医の資格取得を目指す歯科医師が対象の講習会です。治療の経験がある先生も、未経験の先生もいらっしゃるので、知識・技術にばらつきがあるのは致し方ありません。ただ、前述の先生は全くのインプラント初心者ではありませんでした。ある程度の知識があり、わざわざ休日を潰して講習会に参加し、インプラント専門医を目指そうという歯科医師に、このような基本的な知識が欠如していることに私は驚愕したのです。

昨年末にお亡くなりになったブローネマルク教授ですが、いつだったか、教授の直弟子で、私の師である小宮山彌太郎先生から、ブローネマルク教授が「もうインプラントは私の手に負えなくなった」と嘆いていると伺いました。
ブローネマルク教授が純粋に歯を失って悩む患者のためと生み出した治療法が、何故か商業化の波に乗せられ、世界中で様々な(なかには問題を含む)インプラントシステムが氾濫する結果となり、インプラント産みの親にもコントロールできなくなったことを嘆いていらしたわけです。

以前のコラムでも書かせて頂きましたが、今から30年以上前、母校の東京歯科大学にブローネマルク教授をお招きし、実際に日本初のインプラント治療を目の当たりにし、このような素晴らしい治療法が日本に導入されたのだという感激、興奮はその場にいた人間しかわからないかもしれません。

いつまでもこんな昔話をしていると、時代遅れと言われてしまいそうです。ですが、インプラント治療の祖であるブローネマルク教授が生み出したインプラントシステムを知らない専門医が育成されることは嘆かわしいことです。治療技術の習得以前に、インプラントの原点をまず理解し。基本を踏まえたうえで、そこから先は、個々の歯科医師が治療技術の発展につなげてくれればと願っています。
インプラント治療のスペシャリストとして養成される歯科医師を指導するものの一人として、その使命・役割を再認識させられた、帰りの新幹線でのひとときでした。

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義歯の限界―インプラントへどこで踏み切るか?

院長のコラム

義歯の限界―インプラントへどこで踏み切るか?

当院に長く通われている、今年90歳になる女性の患者さんのお話です。
それまでお使いだった総義歯の不具合を訴えていらしたのは1999年で、その後16年間のうちに私が数回、義歯を作製しました。新しい義歯が入った当初はよく噛めていたものの、数年すると合わなくなり、ここ数年は調整を行ってもなかなか以前のように噛むことができなくなってきました。
患者さんは新しい義歯を作れば良くなるのではとお考えなのですが、歯科医師としては、この状況が劇的に改善するとは考えにくく、残念ながらこれが義歯の限界なのです。

つまり長期にわたって義歯を使用することにより、顎の骨が徐々に少なくなり、顎堤(歯が生えていたところの歯肉の盛り上がり)が下がって平らになってきますので、義歯の、特に水平方向での安定性が損なわれ、義歯が動きやすく、外れやすいものになってしまうのです。

義歯の限界―インプラントへどこで踏み切るか?

総義歯に代わる補綴(ほてつ)治療の選択肢として、インプラント治療があります。
インプラントは外科処置を伴いますので基本的にこちらからお勧めすることはないのですが、この患者さんの場合、総義歯ではすでに限界であり、インプラントにすれば、はるかに噛めるようになることがわかっているので、お話ししてみました。

噛めるということについて、総義歯と比較してインプラントの優位性についてのエピソードです。
私はインプラント専門医・指導医ではありますが、それ以前に補綴専門医・指導医であり、大学では学生には総義歯の作製を指導している身です。私が自身の勉強のため、参加させて頂いたセミナーの講師で、総義歯治療で高名な先生ですら、現在では総義歯の難症例ではインプラントの応用を推奨されておられました。

現に、総義歯治療が得意であった父の歯科医院の患者さんで、義歯がどうしても合わず当院でインプラントにしたところ、劇的に噛めるようになった方がいらっしゃいます。
元々、インプラントは下顎に1本も歯のない方のために開発されたものですが、私の母も総義歯からインプラントに替えたことで、人生が変わったと申しておりました。

私のこれまでの経験から申し上げると、インプラント治療を受けて、最もその効果を実感できるのは、それまで総義歯をお使いだった方です。
前述の患者さんに戻りますが、「インプラントは恐いから」とずっと拒否されていたのですが、ここ数年はいよいよ噛めなくなり、こんなことならもっと早くにインプラントにしておけばよかったと後悔されているようです。ただ、90歳の今からインプラントにするかどうか、全身状態も鑑み、年齢によるリスクを考えると、患者さんもご家族も歯科医師も安易には手術に踏み切れない状況です。

またご家族によれば、この患者さんは昨年から認知症の症状が出始めているとのことでした。認知症発症の原因のひとつとして、十分に噛めなくなったことで歯根の周囲にある歯根膜や咀嚼筋(顎を閉じるための筋肉)から脳への刺激がなくなり、それが認知機能の衰えを招くという研究結果も出ています。

インプラントが日本に導入される以前は、全ての歯を失った場合の治療法は総義歯のみでした。
現在のように平均寿命が90歳近くなると、もし50代から総義歯になってしまうと、前述の患者さんのように30年以上義歯を使い続けることになります。
その間、徐々に顎の骨を失い、義歯が使いづらくなって食事を楽しめなくなり、脳に刺激が伝わらないことで認知機能に障害が出てくる可能性を考慮すると、生涯、義歯で不自由なくものが噛めてQOL(生活の質)を保つことには限界があるように思えます。

だからと言って歯を失ったらすぐにインプラントをお勧めするわけではありませんが、外科処置を伴うインプラント治療では、全身疾患の状況を考慮する必要があり、あまりお歳を召してからだと手術が困難になる場合もあります。

以前のコラムで取り上げた記事に「歯を失うと家計まで苦しい」というのがありました。
昨今の状況では、「歯を失うと認知症のリスクが高まる」というのが事実かもしれません。
自分の歯であれ、人工の歯であれ、十分に噛めることが、いろいろな意味で健康的な長寿社会を楽しむための鍵になるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

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洗練された平凡 ― 見えるということ

院長のコラム

洗練された平凡 ― 見えるということ

2015年の最初のコラムとなりました。
皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年の年末年始は珍しく家におりまして、特に何をしたということはないのですが、録り溜めていたテレビ録画を一挙に片付けました。その中でひとつ記憶に残った言葉があります。
昨年のNHKの朝の連続ドラマ「花子とアン」の総集編で、花子がつぶやいた言葉です。
「私は洗練された平凡を求めよう。」

最近、従来のものに加え、さらに拡大率の大きなサージテルという拡大鏡を導入しました。
歯科はもちろん、脳神経外科、心臓血管外科、形成外科など、細かい部位を見ることを必要とされる外科系のドクターにとっても必需品かもしれません。そういえば、あのドクターXも手術中はこの拡大鏡を使っていましたね。

私が従来使用していたものは2.5倍、今回のものは8倍です。また、従来の拡大鏡よりさらに明るいLEDのヘッドライトもつけておりますので、その細部の見え方といったら比べものになりません。

本文

外科的な処置を伴う歯科治療では、治療部位が目視できないとお話になりません。
ドクターXのなかでも、師匠であるアキラさんは、まだ駆け出しの頃の大門美智子医師の指導にあたり、「川の水が流れるように基本手技を反復し、美しい最終術野を作る、それが私の考える理想の手術」と話していました。
要するに手術に際しては、基本手技を完全に自分のものとして、よく見えるきれいな術野を確保しなさい、ということです。これはそのまま歯科治療にも当てはまります。

近年、歯科用顕微鏡が徐々に普及してきました。特に根管治療(根の神経の治療)においては有用であり、根管治療専門医は殆どが使用されているのではないでしょうか。
私はブリッジ・インプラントなどの補綴(ほてつ)治療が専門ですが、補綴治療の前に、しっかりした土台作りとしての根管治療が必要な場合があり、私も顕微鏡の導入を検討いたしました。

確かに治療の状況を写真や映像に残すことが可能である点と、拡大率に関しては顕微鏡のほうが優れています。ただ、一点を見つめ続ける根管治療より、補綴治療で歯を削ったり、型採りの使用頻度が高いことを考慮すると、機動力の高い拡大鏡の方が私の治療スタイルには向いているという結論に至りました。顕微鏡であれ、拡大鏡であれ、医師が必要とするきれいな術野を確保できればよいわけです。

新しい年を迎え、特に目新しいこと、奇をてらったことを始めるわけではありませんが、患者さんの口腔内をよくよく見るということ、この当たり前ですが、「洗練された平凡」をもって、8倍の拡大鏡という新兵器とともに、今年も“こぴっと”(きちんと・しっかりと)理想に近い治療を目指していきたいと考えております。

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歯科医療の保険給付について考える

院長のコラム

歯科医療の保険給付について考える

以前の私のコラム「シニア世代の後悔第1位は・・・」では、雑誌「プレジデント」の「金持ち老後、貧乏老後」という特集で、リタイア後のシニアに行ったアンケート、「リタイア前にやるべきだったこと」の調査結果について書かせていただきました。ご興味のあるかたはこちらからご覧ください。

この特集は2年前ですが、よほど反響が大きかったのか、プレジデント社は今年も同じ特集を組んでいます。老後が気になる世代に突入している私も読んでみたところ、今回は世情を映してか、前回に比較してより切実な、悲壮感漂う内容になっているように感じました。

今回の特集では歯科に特化したコメントはなかったものの、「リタイア後に待ち受ける6つの強敵」のなかのひとつに、「医療費負担アップ」が挙げられていました。
「病院に行けない時代到来」とも書いてあり、なんともショッキングな見出しです。

確かにこれだけ高齢化社会が進み、日本人の寿命が延びれば、いくら「ピンピンコロリ」が理想と言っても、いつかは医療機関のお世話にならざるを得ないのが現実です。高齢化に加え、急激な少子化で現役世代は減る一方ですから、増え続ける高齢者の医療費を現役世代が支えるという現在の公的医療保険を、将来にわたって維持できると考えるのは、確かに楽観的すぎるかもしれません。

現に、今年4月よりこれまで1割負担で済んでいた前期期高齢者(70歳~74歳)の窓口負担が2割へ引き上げられました。国民健康保険はもとより、組合健保も8割は赤字だそうです。さもありなんです。

現在の日本の公的医療保険は、国民が皆平等に一定の医療を受けられる優れた制度です。
では海外ではどのようなシステムなのか、歯科医療に限って健康保険給付状況を調べてみました。

健康保険連合会が行った海外の医療保障についての文章を読むと、予防に力を入れるヨーロッパ諸国では、歯科医療は健康保険の対象外というところが多いようです。
また日本の保険制度のモデルとなったドイツでは、虫歯や外科処置等は保険の対象になるが、補綴治療(詰め物をする治療やブリッジ、義歯など)は対象外になっています。また、定期検診を受けていれば治療費が安くなるというシステムもあるようです。いずれにせよ、歯科治療全般が公的保険でカバーされる国は、先進国では日本くらいではないでしょうか。

本文

先日、虫歯の治療にいらした患者さんに、健康保険の治療と自費治療との違いについて説明させていただいたところ、保険内の治療で良いとのことでした。理由は、「どうせまたすぐ虫歯になるから、なったらその時また治療すればいいから。」とのことでした。虫歯の自費治療費が数万円になるのに比べ、保険では数千円で治療できるため、たとえ治療の精度が劣って繰返しの治療になったとしても、経済的負担が少ないほうがいいとのお考えなのだと思います。

ただ、歯科治療についてひとつ注意しなければいけないのは、歯は再生しないということです。風邪は完治すれば元の体に戻りますが、虫歯の治療を行えば、体の一部が削られて無くなり、いくら詰め物で補っても決して体は元通りではないということです。そして治療を繰り返せば、当然ながら体の一部はどんどん少なくなってしまいます。

以前、30年後の日本を想定した小説を読んだのですが、インフレが進んで物価高となり、スターバックスのコーヒーが1000円を超え、歯科医療は保険から外されたという設定になっていました。コーヒー価格はわかりせんが、後者に関してはかなり現実味があると思います。歯科治療が健康保険から外されれば、現在のような安価で治療を受けることはできなくなるでしょう。

「保険を使えば安いから、とりあえず保険で治療して、また虫歯になったらその時治療すればいいや」
と安易に現在の健康保険に寄りかかっていると、いずれ取り返しのつかない事態になるかもしれません。

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あまり噛みしめると・・・

院長のコラム

あまり噛みしめると・・・

サッカーワールドカップ、真っ最中です。寝不足の方も多いのではないでしょうか。
私も気が付くと手に汗を握り、見ると手のひらが真っ赤になっていることもしばしばです。
ですが、力が入っているのは手だけではないかもしれません。
知らず知らずのうちに歯を食いしばっている可能性も高いのです。
この無意識の食いしばり(噛みしめ)、歯にとってはかなり厄介なのです。

ヒトは普段、上下の歯は噛み合っていないのが一般的です。
噛む筋肉や歯を支える歯根膜という靱帯は通常は休んでいて、いざ噛むときに力を発揮するわけです。ところが噛みしめの習慣がある人の筋肉は休むことなく働き、靱帯にも力が加わり続けることになります。筋肉が休むことができないと顎関節症や肩こりの原因となります。また、歯周病の原因は細菌感染ですが、靱帯に力が加わり続けることは歯周病を進行させる因子になります。

夜、寝ているときの噛みしめや歯ぎしりはさらに大きな影響をもたらします。
一般的にものを噛む際、奥歯では自身の体重と同じくらいの力が発揮されます。けれども、夜間、無意識に発揮される力はその数倍にもなると言われています。歯ぎしりにより歯の噛む面は摩耗し、根元のエナメル質は剥離して知覚過敏や虫歯の原因となります。更にひどい場合には、自分で自分の歯を割ってしまうこともあります(歯根破折)

たかが食いしばりといって侮れません。虫歯でもないのに、どの歯と特定できずに痛みがある、入れたばかりのセラミックの詰め物が、固いものも食べたわけでもないのに気が付いたら欠けてしまったなど、そのような問題も引き起こしかねません。

このような悪さをする噛みしめ・食いしばりを防ぐ、もしくは被害を最小限に抑えるための治療法ですが、その原因によって異なります。

  • 夜間の無意識な噛みしめ・歯ぎしりにはマウスピースの装着が効果的です。
  • 昼間の噛みしめの場合、マウスピースを装着していると見た目に悪く、また会話がしづらくなりますので、ご自分で噛みしめないように意識することが大切です。また、長時間、根をつめてパソコンに向かうなど、同じ姿勢を取り続けないことも予防のひとつです。
  • ストレスが原因の場合、ストレスを取り除くことが一番ですが、職場が変わったら歯ぎしりがひどくなったとおっしゃる患者さんもおられるように、現代社会ではある程度のストレスはつきものです。うまくストレスと付き合ってやり過ごしていただくか、難しい場合は、やはりマウスピースの装着が効果的です。
  • 噛み合わせのずれが原因の場合もあります。これは自覚が難しく、ご自分では気がつかない場合がほとんどです。当院では初診時、噛み合わせのチェックをさせて頂くことが多いのですが、4人に1人は、大なり小なり噛み合わせのずれが認められます。これが原因の場合は、噛み合わせの調整をすることにより歯ぎしり・噛みしめの症状が焼失・軽減します。詳しくは「顎関節症・咬合治療」をご覧ください。

サッカーワールドカップに起因する一過性の噛みしめは、もう少し我慢すれば、4年間は治まるでしょう。私も含めて、気を付けましょう。

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歯を抜いてまでインプラントにするか?(歯根破折保存治療について)

院長のコラム

歯を抜いてまでインプラントにするか?(歯根破折保存治療について)

歯の根が割れたり、折れたりという状況下で、なんとか歯を抜かずに残したいと、歯根破折保存治療を希望されて、当院に来院される患者さん方がおられます。
以前のコラムにも書いたのですが、私の想像以上にそのような方が多いことに驚きます。

殆どの場合、患者さんご自身で自分の歯が割れていると判断でいらっしゃるのではなく、現在かかっていらっしゃる歯科医師からその状況を告げられ、初めて抜歯の危機に直面するわけです。

もちろんその歯科医師の下で抜歯に同意されるのなら、インターネットで検索してわざわざ遠方から当院にいらっしゃる必要は無いわけですが、「抜歯といきなり言われても、痛みもないし納得がいかない。なんとか残せないものか」、という患者さんのお気持ちもよくわかります。

来院された患者さん方にこれまでのいきさつを伺うと、かかりつけの歯科医師から抜歯を勧められた方のうち、統計をとったわけではありませんが、おおよそ9割の方が、抜歯してインプラントでの治療を勧められたというのです。驚くべき状況です。口腔内の状況によって治療法の制限はあるにせよ、なぜブリッジや義歯というインプラント以外の選択肢が示されないのでしょうか?

当院のインプラントサイト上の「対談・小宮山彌太郎先生」のなかで、小宮山先生もおっしゃっておられましたが、わざわざ歯を抜いてまで、インプラントを勧めるだろうか?と私も疑問が残ります。それが本当に患者さんのためなのか?と。

歯根破折以外の理由で他院から転院された方も、以前の歯科医師から歯周病が進行した歯を抜いて、インプラントにしましょうと言われたそうです。歯周病が進めば骨の量が少なくなり、基本的にインプラントは困難な状況になります。その方のレントゲン写真を拝見すると、インプラント治療は不可能に近いだろうと私は感じました。

その先生は
「まぁ、インプラントはやってみなきゃわからないけどね」
と言われたそうです。
患者さんにはわからなくても、その歯科医師はインプラント治療の適用は難しいことがわかっていたのではと思います。ですので、恐らくうまくいかないと予想される、その場合の患者さんへの予防線として、上記のような発言をされたのではないでしょうか。

話がそれましたが、歯根破折保存治療の成功率は100%ではありません。癌の手術において、成功率を5年後の生存率ではかるように、この治療法も5年の保存を目標としています。
5年くらいしかもたないなら、潔く、今抜いてしまおうというのもひとつの考え方です。
また、5年以上、うまくいけば、一生もつかもしれないなら、抜いて歯を失ってしまう前に、ワンステップトライしてみようというのも、これもひとつの考え方でしょう。

患者さんのご希望を伺いながら、ベストと思われる医療を提供するのが我々歯科医師の務めです。抜かずに助かるかもしれない歯を抜いて、初めからインプラントを勧めるのは、患者さんのためではなく、何か他の意図があるような気がしてなりません。

ちなみに当院の患者さんが歯を失った場合、私はインプラント・ブリッジ・義歯治療の3つの選択肢のメリット・デメリットの説明をさせていただきます。インプラント専門医だからといって、患者さんがご希望されないかぎり、特にインプラント治療を勧めることはありません。インプラント治療は患者さんにも歯科医師にも覚悟がいる治療だからです。

「まぁ、インプラントはやってみなきゃわからないけどね」
とは、私に自分の大切な患者さんには言えないですね。

歯を抜いてまでインプラントにするか?

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