歯科医師人生における4人の師 ①

歯科医師となって35年の月日が流れました。
この間、多くの方から様々なことをご教示頂きましたが、その中でも特にメンターと言える4人の先生がいらっしゃいます。今回はこれらの先生方とのつながりについてお話ししてみたいと思います。

まずは東京歯科大学を卒業し、歯科医師人生を踏み出した24歳の時、大学院生として入局した歯科補綴(ほてつ)学第三講座主任教授、関根弘(せきねひろむ)先生です。

当時、新人の大学院生には「教授当番」という仕事があり、同期の新人5人と交代で一日中、教授のお世話をする日がありました。
まず教授が出勤されるとコーヒーを煎れ、教授室に予定表を持って行き、1日の予定を確認します。
教授が出かけられる際には自分の車で駅まで送迎します。
昼食時には学生食堂で列に並んで食事を教授のテーブルまで運びます。
学生の授業では、板書が済んだ部分を、タイミングを見計らいながら黒板消しで綺麗にしていきます。
夜も教授の予定が空いているときは、夕食をご一緒させていただきました。

今思うと、昔の書生のようなもので、小説「白い巨塔」に出てくるような生活でした。
もちろん緊張感はありましたが、カリスマの塊のような先生から直接、研究者、教育者としての基本を教えて頂くことができ「教授当番」は、私には全く苦にはなりませんでした。

私の父が関根先生と大学の同級生で仲が良かったこともあり、可愛がっていただきましたが、20年前に急逝されました。東京歯科大学学長や日本歯科医学会会長までされており、日本の歯科界にとっても大きな損失だったと思います。
私が尊敬する4人の先生方のなかで、ただ1人、故人となってしまいましたが、結婚祝いに頂戴した優雅な置時計が、自宅の机の上で25年以上、私をゆっくり見守ってくれています。

2番目は同じく東京歯科大学で講座の大先輩で、インプラント治療に対する歯科医師の心構えと技術を教えて頂いた小宮山彌太郎(こみやまやたろう)先生です。

小宮山先生は私が大学院に入学した年、丁度、スウェーデン留学から戻られました。自分では勝手に運命的な出会いだったと思っています。
私には同講座で初めてインプラント関連の研究テーマが与えられ、小宮山先生が論文指導者となられました。勉強や学会発表のための海外出張も多く、朝から晩まで一緒に過ごさせて頂き、学会発表の手順や他の研究者との付き合い方など、多くを学ばせて頂きました。また、私の長期にわたるスェーデン出張の際には、小宮山先生のご家族と同じ屋根の下で過ごさせて頂きました。

大学でご一緒させて頂いた間、私は先生の背中を見ながら育ったと言っても過言ではありません。
小宮山先生を通じ、近代インプラント治療の祖であるブローネマルク教授に孫弟子として師事することができ、そのご縁でベルギーのリューベン大学に留学する機会を得ました。
現在はどちらも都内で開業している身ですが、何かにつけ相談にのってくださる有難い師です。

昔話のようで恐縮です。
長くなりましたので、残りのお二方については次回のコラムで紹介させていただきたいと存じます。

吉田デンタルクリニック
院長 吉田 浩一

歯根破折保存治療5年経過報告(成功率について)

歯根が破折した場合、通常の処置は抜歯です。
このような状況にある歯を抜かずに治す治療が歯根破折保存治療です。
当院で本法を開始してから昨年末で5年が経過しましたので、全治療のデータを調べてみました。
2012年11月17日に最初の症例を手がけて以来、口腔外接着再植法の治療経過は以下の通りです。

口腔外接着再植法適用症例数   243症例

そのうち治療が上手く行かなかったケースが27例あり、内訳は以下の通りです。

1.再植不可能        3症例
再植治療中に抜歯となったケースです。原因として、
①非常に歯質が脆く、形を保った状態で抜歯不可
②歯根の先端部分が骨と癒着しており、形を保った状態で抜歯不可
③虫歯の進行がひどく、形を保った状態で抜歯不可

2. 固定除去同日脱落      1症例
再植治療を行い、1か月後に固定を除去しましたが、同日に歯牙が抜け落ちたものです。
原因としては、ご本人が記憶にないほどの長期間、歯根破折の状況が続いていたため、再植時に歯根膜が殆ど残っておらず、歯槽骨に歯根が生着しなかったと考えられます。

3. 治療後に抜歯となった症例数  23症例 
固定除去までは問題ありませんでしたが、その後の経過が思わしくなく、抜歯となったケースです。原因としては
②再破折  7症例(同じ歯の他の箇所が割れてしまったものも含みます)
②動揺  16症例(再植は成功したが、歯の揺れが大きく実用にならなかったもの)

前回の経過報告では成功率は87%と申し上げましたが、現在の成功率は概ね89%ということになります。経験により手技が向上し、オリジナルの治療法に独自の工夫を加えてきたことが、僅かですが成功率の向上に寄与しているかと思われます。

一口に成功と言っても、その状況は様々です。
最も望ましい状況は破折前と同様に歯の動きも小さく、噛んでも全く違和感がなく、審美的(見た目)にも問題が無い場合ですが、多少のグラつきや、硬いものを噛むと違和感が残る場合もあります。もともと、あまり虫歯になっていない歯、破折して日が浅い歯、歯根がしっかりしている場合はかなり良好な結果が得られるようです。

歯根破折が疑われた場合、もしくは歯科医師より歯根破折と指摘を受けた場合、症状が無くても放置せず、出来るだけ早期に受診されることをお勧めします。

歯根破折保存治療5年経過報告(成功率について)

インプラントと歯根破折の勉強会

院長の吉田です。
先日、土曜、日曜と2日続けて2つの勉強会に出席する機会がありました。

土曜日はインプラントに関するもので、私が所属するClub22の例会でした。
ちなみにClub22 のネーミングですが、インプラントは純チタンからできており、その原子番号が22のためそこから命名されたものです。この会は私の師であり、日本におけるインプラント治療の第一人者である小宮山彌太郎先生を顧問と仰ぎ、インプラント治療に真摯に取り組む歯科医師の勉強会です。

そして日曜日は私の破折歯保存治療の師である眞坂信夫先生を中心とするPDM21(Professional Dental Management 21th Century)が開催した破折歯保存治療に関するシンポジウムでした。
この方法を開発した眞坂先生とその指導を受けた弟子たちを中心としたシンポジウムで、ビデオ会議システムを使い、地方の先生方もビデオで参加されておられました。

インプラントと歯根破折保存治療、どちらも私が注力する分野であり、肉体的にはハードな週末でしたが、それぞれ充実した内容で、非常に有意義なものでした。

私の臨床のスタンスは、抜いた方が良いと思われる歯(埋伏している親不知など)以外は残していこうというものです。破折した歯であっても、患者さんが残すことを希望されているならば、可能性がゼロで無い限り、何とか抜歯せずにすむよう務めています。

先日、他院で歯の破折を指摘され、ご本人は保存治療を希望されていらした患者さんのお話です。診察の結果、保存可能であると判断したため、いきなりインプラントではなく、まずは自分の歯を保存することをお勧めし、患者さんも納得されてコンサルテーション室を出て行かれました。
ですが、受付によれば、私がインプラントの指導医・専門医であることから、他院の先生と同じように抜歯してインプラントを勧められるのだろうと覚悟していたのに、まずは抜かずに保存しましょうと提案を受けたことに驚いていらしたとのことでした。

もちろん、既に歯を失くしてインプラント治療を検討されて来院される患者さんや、破折歯保存治療の結果が思わしくない場合の治療の選択肢の一つとして、インプラントによる修復を患者さんには提案することもあります。
ただ、今のところ、破折治療の経過が良いため、まだ当院では破折治療からインプラント治療に移行された方がいらっしゃいません。

昨年、破折治療の成功率について、このコラムで書かせて頂き、それから1年以上経過していますので、アップデートをしなくてはならないのですが、日々の忙しさにかまけて、先送りになっています。年明けにはきちんと数字をまとめ、お知らせしたいと思っています。

吉田デンタルクリニック
院長 吉田 浩一

高齢者のインプラント治療について

前回2回のコラム、「高齢者のインプラントケアについて」「高齢者にも優しいインプラントシステム」では、ブローネマルクシステムをはじめ、上部構造を外せるタイプのインプラントシステムであれば、私見ですが高齢者にも優しいインプラントシステムではないか?ということをお話させて頂きました。

ただし、これは既にインプラントが入っている方のメンテナンスを考えた場合です。
高齢になってから、新たにインプラント治療を検討するということは、また別問題になります。

なぜなら、ご高齢の方がインプラント治療を受けられる場合、いくつかのクリアすべき問題点が出てくるからです。
第一は、ブローネマルクシステムに限らず、インプラント治療は外科手術を伴う点です。
ご本人が治療を希望されても、糖尿病などの全身疾患や、女性の場合、骨粗しょう症など、服用されている薬の問題でインプラント手術ができない場合があります。

これまでに当院でインプラント手術を受けられた最高齢の方は84歳の男性でしたが、この方は幸いなことに、全身疾患の問題がありませんでした。
年齢が上がるにつれ、いわゆる生活習慣病等の疾患などで様々な薬を服用されている方が多く見られます。私も患者さんのかかりつけの内科医や整形外科医などと連携を図り、検討の結果、患者さんの安全を考え、インプラント手術を見送ったことがあります。

次にインプラント治療に取り組む患者さんの体力の問題です。
インプラントは外科処置を伴う上に通院回数も多くなりますので、ある程度の体力が必要となります。
当院で既にインプラント治療を受けられている患者さんでも、インプラント以外のご自身の歯が残念ながら抜歯となり、その治療をどうするかお考えいただく際、「インプラントは良く噛めるのですが、手術を考えると体力的に心配・・。」とおっしゃる方がおられます。

患者さんによっては、将来的にご自身の体力が衰え、手術が受けられなくなる状況も考えて、早めにインプラント治療に踏み切る方もおられます。高齢になってからのケアに問題がないことが分かっているならば、これもひとつの考え方かもしれません。

もし漠然とインプラント治療を検討されているが、踏ん切りがつかず、先送りになさっている方がおられるようでしたら、時間の経過とともに思わぬ全身疾患に罹患することにより、外科処置が困難になってしまうことも想定されます。

「こんなことだったら早く治療を受けておけばよかった・・・」と後悔されることの無いようにと考え、今回のコラムを書かせて頂いた次第です。

インプラント専門サイト更新について

既にお知らせしている通り、当院は今年、開院20周年を迎え、これを機にインプラント専門サイトを更新致しました。

更新と申しましても、トップページの画像の更新です。
これまでの画像は、私の好きな大輪の百合(カサブランカ)でした。これは現在もクリニックサイトの右側に表示されています。
そして今回のインプラント専門サイトの画像は、タンポポの綿毛(わたげ)です。

なぜ、タンポポの綿毛なのか?というと、この軽やかなタンポポの綿毛は青空のもと、風に乗ってふぅっと飛んで行って、やがて大地に根付き、新しい花を咲かせる生命の源となります。
このタンポポのように、失った歯が戻るように、第二の永久歯として新しい歯の芽を育てていきたいというイメージで選びました。

現在のインプラント専門サイトは、クリニックサイトとともに、7年ほど前に1年がかりで完成させました。診療終了後に連日、深夜まで内容を吟味し、渾身の力を振り絞り(笑)、もうこれ以上の情報は載せられないと思って作成した、非常に愛着のあるサイトです。

クリニックサイトは、歯根破折保存治療の導入などで頻繁に更新をしているのですが、インプラント専門サイトに関しては、インプラントの基本概念や私のインプラントに対する考え方も変わらないため、クリニックサイトに比べると更新頻度は少ないのですが、医学の進歩に伴い、加筆・修正を都度、行っております。

今後も更なる内容の充実を図り、少しでも皆様のお役に立てるよう、わかりやすいインプラント専門サイトに育てていきたいと思っております。

吉田デンタルクリニック
院長 吉田 浩一

高齢者にも優しいインプラントシステム 

前回のコラムでは、インプラントが入っていても、上部構造が取り外せるタイプのインプラントシステムであれば、状況に応じて段階的な対応が可能であるため、天然歯と比較してもケアが難しい
ことは無いというお話をさせて頂きました。

当院が採用しているブローネマルクシステムは、世界標準のインプラントシステムであり、私が30年以上前に初めて学んだインプラントシステムです。このシステムは臨床応用開始時点から永く機能することが分かっており、患者さんが高齢になられたときの対処も、その時点で既に考えられていました。

当時、ほとんどのインプラントシステムが「如何に成功率を上げられるか?」という目標に向かって躍起になっていたとき、ブローネマルクシステムは既に先を見通しており、術者可撤(かてつ)機構(=歯科医師が上部構造を容易に取り外せる構造)を取り入れていたのです。

その後、インプラントの普及に伴い、世の中に多くのインプラントシステムが出現しました。
それらのシステムが主に注力したこととは、「如何に早く、安く、綺麗にインプラント治療を行えるか?」ということで、インプラント上部構造装着後に想定されうるトラブルに対する対応や、高齢化によるメンテナンス能力の低下等に対する配慮は残念ながら後回しとなっていました。

後から振り返ってみると、そのような先を見越し、想定されうる事態にも充分配慮されたブローネマルクシステムを最初に習得できた私は歯科医師としては幸運でした。そしてその結果として当院の開業以前から30年のお付き合いのある患者さん方のインプラントが問題無く機能していることは、非常に有難いことだと思っております。

私がブローネマルクシステムに携わり始めた頃のインプラント上部構造は、下の写真に示しますように、天然歯の形態と全く異なる高床式のものでした。これは審美性には劣るものの、炎症の発生が少なく、メンテナンスの容易さも抜群でした。その後、審美性が重要視されるようになり、現在は天然歯の形態を模倣した上部構造が一般的になっています。

少し専門的になってしまいましたが、結論として、上部構造を取り外せるタイプのインプラントを入れられている方であれば、メンテナンスには今後も大きな問題はないと私は考えます。

ブローネマルクシステムや、同様のコンセプトを取り入れている上部構造が取り外せるタイプのインプラントシステムであれば、高齢者にも優しいインプラントであると私は考えますが、如何でしょうか。

高齢者のインプラントケアについて

ここ数年、日本口腔インプラント学会のシンポジウム等で、高齢者のインプラントがテーマとして取り上げられることが多くなりました。
これまでの歯科医療では、まず「よく噛めるようにする」ということが目標でありましたが、予防歯科に対する意識の高まりと、急速に進む高齢化社会においてQOL(生活の質)を考えた場合、歯のメンテナンスに焦点が当たるようになり、インプラントにおいてもそのケアに注目されるのは当然のことと思われます。

一般的に、インプラントのケアは天然歯(自分自身の歯)のそれに較べ、難しいと考えられているようですが、私はインプラントのケアが特段、難しいとは思いません。状況の良い歯茎から出ているインプラントは、上部構造の形態が清掃性を考慮して作製されているならば、天然歯より細菌に対して抵抗性が高いことは分かっています。
つまり、インプラントのケアは、天然歯と同等か、もしくはそれ以上に容易だと思うのです。
少なくとも天然歯のケアができる間はインプラントのケアも問題ないと思います。

問題は、天然歯のケアも自分でできなくなった場合です。
介護者が歯ブラシ等で清掃できるのであれば、インプラントも同様に清掃できるので、大きな問題は無いと思われますが、そうではなくなった場合、介護者の都合のため、天然歯を全て抜歯し、総義歯にした方が良いという少々乱暴な意見もあります。

確かに総義歯にすれば、口腔内のケアはずっと楽になり、細菌数も減らすことが可能です。ただ、歯が残っている場合に比較して、咀嚼機能が大分低下することは否めません。

インプラントが入っていても、ケアが難しくなれば、ネジで固定してある上部構造を外せば、口の中にはアバットメントと呼ばれる小さな突起が出ているだけになり、必要があればその突起を利用した安定の良い入れ歯を装着することが可能となります。

それすら清掃できない場合には、そのアバットメントも固定ネジを外してしまえば、骨の中にあるインプラントの上には歯肉が被さり、天然歯同様、口の中には何も存在しない状態にすることもできます。この段階で通常の総義歯を作製することが可能です。

インプラントのケアについて、こうした段階別の対処法が存在することを皆さんはご存知でしたでしょうか?
ただ、これは当院で採用しているブローネマルクシステムのように骨の中に埋め込んだインプラント体にアバットメントを介して上部構造がネジ止めされるつくりになっていて、取り外しができるシステムの場合です。
インプラント体とアバットメントが一体でできていて、その上に上部構造が接着剤で装着されているシステムではそうはいきません。

少し長くなりましたので、今回はここまでとし、次回は術者からみた高齢者に優しいインプラントシステムについて書かせて頂きたいと思います。

開院20周年を迎えて ― 医療は人なり

吉田デンタルクリニックは2017年4月12日で開院20周年を迎えました。
これまで沢山の方々に支えて頂き、私の好きな仕事を続けてこられたことを、この場を借りて皆様に深く御礼申し上げます。
20年前、大学病院の勤務医から、いきなりこの東京のど真ん中で開業し、自分の考える最良と思う診療を行ってきたつもりですが、ここで一旦、過ぎし日を振り返り、またこの先のことを考えてみました。

この20年間、歯を失ってお困りの方にはインプラントブリッジ・義歯などを、噛み合わせでお悩みの方には咬合治療を、また、この5年ほどは、歯の根が折れたり割れたりして、かかりつけ医からは抜歯しかないと言われたが、何とか抜かずに残したいと希望される方々には歯根破折保存治療を、というように、できるだけ患者さんのご要望に沿えるよう、一生懸命、診療を行って参りました。

私は基本的に楽観主義者で単純な人間なので、患者さんに「有り難うございます」と言って戴けると、「あぁ、上手く行ってよかったな」と言葉通りに素直に受け取ってしまいます。けれども、いくら私が頑張ってみても、どうしても人智の及ばない領域で、残念な結果に終わる場合もあります。ここで考えてみたいのは、そのような場合、治療を受けられた患者さんがどう思われているのか?ということです。

昨年ですが、NHKの「ドクターG(ジェネラル)」に出演された高名な心臓血管外科である南淵明弘先生の一言に非常に感銘を受けました。それは「医療においての成功(率)とは医者が決めるのではなく、手術を受けた患者さんが術後、元の生活に戻り、治療を受けて良かったと思ってくれて、初めて成功と言えると思います。」という内容でした。
私が以前、破折保存治療の経過について書いたコラムで、“成功率は概ね87%”などと書かせて頂きました。この治療を検討されている患者さんの参考になればと出した数字なのですが、全く医者側の成功率であります。人の生死にかかわる難手術を行う大変な名医であられるのに、謙虚な南淵先生のお言葉を聞き、私は己の未熟さを痛感しました。

同じ心臓血管外科医で天皇陛下の手術をされた天野篤先生の著書の中にも「病を癒やすは小医、人を癒やすは中医、国を癒やすは大医。せめて中医になれるように努力しなさい。」という一文があります。これもまた、私の心に響きました。

開院20年を経て、私と一緒に患者さんも歳を重ねてこられました。お見送りした方も数名おられます。歯以外にもご病気がある方、ご家族の介護などで時間が取れず、ご自身の治療に来たくてもなかなか診療に来られない方も増えて参りました。いくらインプラントや補綴治療の専門医と言えど、全身疾患や、生活環境など、患者さんのバックグラウンドを知らずに口腔内を見ているだけでは歯科医は勤まらないですね。あと数年で還暦となりますが、まだまだ人間が出来ていないと、最近つくづく思います。

「医療は人なり」これは私のモットーであり、吉田デンタルクリニックの基本理念であります。
この理念は当院スタッフと共有しているのですが、患者さんにも「吉田という歯医者に診てもらってよかった」とおっしゃって頂けるよう、技術を磨き、患者さんに寄り添う気持ちを忘れず、30周年に向けて研鑽を積んで参ります。「医療は人なり」です。

精密な歯の型採りのために 歯肉の二重圧排とは?

皆様、歯の修復物(被せものや詰めもの)の命は何だと思われますか?
見た目の美しさ(審美性)?きちんと噛めること?壊れないこと?外れないこと?もちろん全て重要ですし、これらの要素は患者さんご自身で容易に判断頂けるポイントです。

しかしながら、私たち歯科医師が最も重要視するのは、歯と修復物の境目の適合性(=修復物と歯との境目がいかに隙間無く、ぴったりと合っているか?)です。
なぜこれが重要かというと、この適合性が、二次カリエス(虫歯)を防ぐための鍵となるからです。

二次カリエスとは、一旦治療した歯と修復物の間にできる虫歯のことで、適合性に劣る修復物を装着した場合、歯と修復物との隙間から二次的な虫歯が生じやすくなります。また、前回のコラムでお話したように、神経を抜いた歯であれば、痛みも出ず、気が付いたときには虫歯がかなり進行し、最悪、抜歯になる可能性もあるのです。

では「いかに優れた適合性を追求するか?」なのですが、それは「できるだけ精密な歯の型採りをする」の一言に尽きます。

以前、当院サイトをご覧になっていらした患者さんのオールセラミックの修復物の型を採っていた際のことです。この患者さんは以前、歯科医院を設備の充実度で選んで苦い経験をされたそうで、それ以来、歯科医院選びに特に慎重になったそうなのですが、その患者さんがおっしゃるには、

「先生はちょっとコワイけど、信頼できますね。だって二重圧排をしてくれますものね。」

「ちょっとコワイけど」はさておき(笑)、患者さんの口から「二重圧排」という言葉が出たことに、私はのけぞって驚きました。

歯肉圧排(しにくあっぱり)とは、歯冠修復物(歯全体を覆う被せ物)の型採りの際、歯と歯肉の境を明確にするために歯周ポケットに特殊な糸を入れる処置のことです。地味な作業なのですが、ここが一番重要なポイントであり、歯科医師の熱意であり、こだわりであり、そして腕の見せ所です。

この圧排を行うことにより、修復物と歯茎の境目が明確になり、歯科医師は精密な型採りができ、よって歯科技工士は精密な修復物を作製することができます。

当院では太さの異なる2本の糸を使用し、この歯肉圧排を2回繰り返します。(=二重圧排)



(画像は3M歯科用製品サイトより引用)

この二重圧排には時間と手間を要するため、患者さんには治療時間が長くてご迷惑をお掛けすることもあろうかと思います。ですが、この作業により精密な型採りができ、結果として長期間使える修復物が出来上がるので、「吉田は何をやっているのだろう?そろそろ口が疲れたな」と思っても、どうかご容赦頂きたいと思います。
圧排という言葉は知っていても、実際には見たことがないという歯科医療従事者もいる中で、インターネットの普及により、患者さんがこのような細かい作業までご理解くださり、歯科治療に強い関心を持って下さることに、驚きとともに喜びも湧いてきました。

歯科医師、特に補綴の専門医はこだわりのある職人のようなものだと思います。
患者さんご自身にはわからなくとも、自分自身で納得のいく仕事をしたいと常日頃思っているのですが、このような地味で細かい努力を評価して下さる患者さんが存在することに感謝し、これからも、これまでどおり、地道な努力を続けて参ります。

歯の神経を抜く(抜髄)ということ

特に私の専門とする領域であることから、患者さんの歯の不具合を生じた古い修復物を外し、新しいものにやり直す補綴(ほてつ)治療を毎日のように行っています。

事前に患者さんにご説明する治療計画としては、以下のような流れとなります。
① 問題のある古い修復物を除去する
② 歯が見える状況になってから虫歯等を取り除く
③ 健康な歯質を出した状況で新しい被せ物を作製する

ただ実際に処置に入り、ふたを開けてみると(古い修復物をはずしてみると)、被せ物の下の歯はもうボロボロで、虫歯を取り除いていったら歯が無くなってしまうような状況で、結果として歯を残せないことも珍しくありません。

そういう歯は決まって神経を取り除いてある歯です。

歯の神経を専門用語で歯髄(しずい)と言いますが、この歯髄は歯根の先端に開いている穴を通し、顎の骨から神経と血管が入り込んで成り立っているもので、感覚と栄養供給を司っています。

この歯髄を取り除いてある歯は痛みが出ないため、虫歯になっても気がつかず、また、血液が通わないため、歯が脆くなってしまいます。木が立ち枯れているようなものです。枯れ木は、見た目は木の形はしていますが、枝を折ったらポキっと簡単に折れてしまいすよね。神経を抜いた歯とは、歯の形はしていても、枯れ木同様に脆い状態で、硬いものを噛んだりすると、歯根破折を起こす可能性が高くなります。

先日、歯根破折歯保存治療で通われている患者さんが、帰り際に受付で
「神経を抜いた段階で、歯は余生に入るんですね。」
としみじみとおっしゃったそうですが、歯根破折を経験された患者さんの、的を得たお言葉だと思います。
歯根が破折してしまう歯の殆どは失活歯(歯髄の無い歯)ですし、ごく稀に生活歯(歯髄の残っている歯)が破折する場合もあるのですが、失活歯に比べ、総じて治療後の経過も良好です。

最近では神経を残すことの重要性を理解されている患者さんが増えてきて、歯科医師としては非常に喜ばしい事だと思っております。
生活歯が虫歯になってしまった場合、虫歯を削っていったら思ったより深く、歯髄が露出する場合もあるのですが、私は患者さんに状況を説明し、歯髄を保護しながら、なるべく神経を抜かずに保存することをお勧めしています。神経を残して処置を進め、万一、後で具合が悪くなっても、それから神経を取り除けば済むことです。

神経を残す努力をすることにより、結果的に治療回数が増える可能性はあるのですが、長い人生を共に歩む歯です。なるべく「歯が余生に入る時期を先送りする」ことが、QOL(生活の質)を考えた場合、メリットが大きいと思うのですが、如何でしょうか。