坂の上の雲

昨日は暖かかったのに、今日はまた冷たい雨になりましたね。
三寒四温とはよく言ったもので、暖かい日と冷たい日を繰り返しながら、徐々に暖かい日が勝って春になっていくのでしょうね。

さて、院長先生がお体のケアをされていた休診日、私は読書に没頭しておりました。
先月から読み始めた「坂の上の雲」の文庫本、全8巻を読み終えたのでありました。

私が「坂の上の雲」を知ったのは数年前のテレビドラマでした。
もともと幕末から明治に興味があり、夏目漱石が好きで、英文学部のくせに無理やり漱石とジェイン・オースティンの比較を卒論の題材に取り上げた私なのですが、その漱石の親友の正岡子規もこの物語の主人公、三人のうちの一人です。

そしてあとの二人は秋山兄弟、一人は陸軍、一人は海軍で、日露戦争を勝利に導くうえで多大な貢献を果たした兄弟です。この3人が同時期、伊予松山に生まれ、その生涯を詳細につづったのが「坂の上の雲」です。

一説によれば、伊予松山の「・・・ぞなもし」という方言は、日本で一番のんびりした言葉だそうです。一時期、松山で教師として暮らした漱石の「坊ちゃん」のなかで、松山中学の生徒がよくこの方言を使って、短気な江戸っ子の坊ちゃんがイライラしているのが可笑しかったです。
そのようにのんびりとして方言を話す人々が、それぞれの分野で傑出し、国の運命を左右するほどの働きをし、後世に名を残したというのはなんとも興味深いです。

この本の面白さについてはお読みになった方はご存じでしょうが、私が何より感心したのは、作者の司馬遼太郎はこの本を書くに当たり、どれほど膨大な下調べを行ったのだろうということでした。
今ならインターネットがあるので、私でも彼が集めた資料の1割くらいなら集められるかもしれませんが、彼の時代にはそのようなものは無く、どれだけの苦労があってこの本が出来上がったのかと思うと、1冊数百円で読ませて頂くのが申し訳無いような気持になりました。

この本のクライマックスは何と言っても「天気晴朗なれども波高し」の日本海海戦ですよね。
バルチック艦隊はあちこちの港でいじめられて気の毒でした。日本はイギリスに随分と助けられたのですね、知りませんでした。
そしてこの頃の日本人は真面目で一生懸命でした。
日露戦争に勝利(?)したことの良し悪しはともかく、日本人の国民性をイギリスに限らず世界が評価し、天佑(?)を呼んだのかもしれませんね。

昨年の尾道・鞆の浦の旅行から「村上海賊の娘」という長編小説を読んで以来、さて、次は何を読もうかなと、にわかに読書好きになってしまった菊地であります。

今思い出したのですが、村上海賊と言えば、秋山真之があの日本海海戦の作戦を立てる際、彼はありとあらゆる海戦の記録を読んだ中で、村上水軍の戦術を参考にしたと「坂の上の雲」に書いてありましたっけ。
村上水軍と書いていたら、また、瀬戸内海に行きたくなってしまった菊地でありました。
暖かくなってきたし、そろそろ計画を立てなくっちゃ。

吉田デンタルクリニック
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さか

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