“噛む”ということ

院長のコラム

“噛む”ということ

先日、アメリカ・アリゾナ州で行われた3日間の歯科の講習会に参加して参りました。
内容としては、歯がすり減ってしまった患者さんに対し、噛み合わせを十分に考慮したうえでいかに効果的な審美治療を実践できるかに関するものでした。

重要なことはということです。噛み合わせを考えない歯科治療は顎関節症などの機能障害や被せ物の破折など、失敗につながります。

歯はもともと、食べ物を噛むためにあるのだから、歯医者が噛み合わせを考えるのは当たり前だろうと皆様はお考えになるでしょう。ですが、実際には全ての歯科医師が噛み合せを十分に理解しているわけではなく、どちらかというと、患者さんからもはっきりわかる見た目の綺麗さ、つまり審美性を優先し、噛み合わせを二の次にした歯科治療が残念ですが実際に存在します。

写真私たち歯科医師は、歯の詰め物、被せ物などをお口の中に装着する際に、高くないか、きつくないか、必ず患者さんに噛んでいただいて確認します。ですが、本当の意味での正しい噛み合わせはそんなに単純なものではありません。人間の体は本当にうまく出来ており、顎の関節の構造により、人はどの位置でもとりあえずは噛むことができるのです。間違った位置でずっと噛み合せが固定されてしまうと、いずれ耐え切れなくなった顎関節と顎の筋肉が悲鳴を上げて、顎の痛み、肩こり、頭痛などの症状が出てくる場合がありますので、歯科医師が間違った判断をしてしまうと体全体に関わる重大な事態を引き起こすことになりかねません。

かくいう私も学生時代に噛み合わせについて教育を受けましたが、お恥ずかしい話ですが、明確な理解をしておりませんでした。今となって考えると、教える側にも確固たるものがなかったのではないかと思います。卒業して大学院へと進み、助手、講師と進んで補綴の専門医となり、私自身が教える立場となっても、状況は同じでしたので本当に冷や汗ものです。

その後、開業して2年後の1999年、サンフランシスコ近郊で開催された噛み合わせについての講習会が私の興味をひき、とりあえず参加してみました。そこで初めて自分で納得のいく噛み合わせ(専門用語で咬合[こうごう]といいます)理論に接することができたのです。

講師である日系アメリカ人、Dr. Teru Haradaによるドーソン咬合理論の講習と実習に感銘を受けた私はその後、4回にわたり足を運び、自分の血肉になるよう励みました。現在、この講習会はDr. Haradaが来日して日本で開催されており、私もアシスタントを務めるまでになりました。(このあたりの内容については当サイト内の診療科目(顎関節症・咬合治療)のページ でもう少し詳しくお話させていただいております。)

現在、多種多様な咬合の理論が存在し、なかには特殊な機器を使用し、かなりの額の治療費を設定しているところも見受けられますが、ドーソン理論には特別な道具等は必要なく、理論を理解し、トレーニングを受けたならば、歯科医師ならある程度のレベルまで実践できるものです。以前は顎関節症の患者さんが来院されると、即効性のある適切な治療法はないものかと悩ましい日々を送りましたが、今では確信を持って治療に当たることができ、また、患者さんにも治療結果に満足していただけるようになりました。また多くの歯を失い、噛み合わせが崩壊してしまって、何を基準に治療を考えたらよいかわからなくなってしまった患者さんの治療も明確なゴールを持って、迷い無く治療に進むことができるようになりました。

この理論を日本でも多くの歯科医師が理解し、実践していただこうとDr. Haradaや仲間の先生方と一緒に頑張っているのですが、インプラント療法などとは違い、医院の増収にすぐには直結することのない咬合の講習会は日本では地味で、人気が低いのが現状です。

今回のアリゾナでの講習会も、お盆の時期ということもあって、航空運賃もかさみ、また現地への往復の移動時間と講習会の参加時間がほぼ同じ、さらには自由時間が全く無しのトンボ帰りという強行軍でしたので、疲労困憊で帰国した私を見て、家族からは“それほど大事な勉強会なのですか?”という、ギモンというか、ヒハンの目が向けられました。

しかしながら、今日も咬合治療を受けられた一人の患者さんが、いつの間にか、噛み合せが楽になって、噛むことを意識しなくなったと、喜んでお帰りになりました。こういう方が一人でも増えていくことが私の願いです。患者さんが正しく噛めるように治療するのが歯科医師の使命、これからもアメリカに通いますぞ!

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