歯科医師人生における4人の師 ①

歯科医師となって35年の月日が流れました。
この間、多くの方から様々なことをご教示頂きましたが、その中でも特にメンターと言える4人の先生がいらっしゃいます。今回はこれらの先生方とのつながりについてお話ししてみたいと思います。

まずは東京歯科大学を卒業し、歯科医師人生を踏み出した24歳の時、大学院生として入局した歯科補綴(ほてつ)学第三講座主任教授、関根弘(せきねひろむ)先生です。

当時、新人の大学院生には「教授当番」という仕事があり、同期の新人5人と交代で一日中、教授のお世話をする日がありました。
まず教授が出勤されるとコーヒーを煎れ、教授室に予定表を持って行き、1日の予定を確認します。
教授が出かけられる際には自分の車で駅まで送迎します。
昼食時には学生食堂で列に並んで食事を教授のテーブルまで運びます。
学生の授業では、板書が済んだ部分を、タイミングを見計らいながら黒板消しで綺麗にしていきます。
夜も教授の予定が空いているときは、夕食をご一緒させていただきました。

今思うと、昔の書生のようなもので、小説「白い巨塔」に出てくるような生活でした。
もちろん緊張感はありましたが、カリスマの塊のような先生から直接、研究者、教育者としての基本を教えて頂くことができ「教授当番」は、私には全く苦にはなりませんでした。

私の父が関根先生と大学の同級生で仲が良かったこともあり、可愛がっていただきましたが、20年前に急逝されました。東京歯科大学学長や日本歯科医学会会長までされており、日本の歯科界にとっても大きな損失だったと思います。
私が尊敬する4人の先生方のなかで、ただ1人、故人となってしまいましたが、結婚祝いに頂戴した優雅な置時計が、自宅の机の上で25年以上、私をゆっくり見守ってくれています。

2番目は同じく東京歯科大学で講座の大先輩で、インプラント治療に対する歯科医師の心構えと技術を教えて頂いた小宮山彌太郎(こみやまやたろう)先生です。

小宮山先生は私が大学院に入学した年、丁度、スウェーデン留学から戻られました。自分では勝手に運命的な出会いだったと思っています。
私には同講座で初めてインプラント関連の研究テーマが与えられ、小宮山先生が論文指導者となられました。勉強や学会発表のための海外出張も多く、朝から晩まで一緒に過ごさせて頂き、学会発表の手順や他の研究者との付き合い方など、多くを学ばせて頂きました。また、私の長期にわたるスェーデン出張の際には、小宮山先生のご家族と同じ屋根の下で過ごさせて頂きました。

大学でご一緒させて頂いた間、私は先生の背中を見ながら育ったと言っても過言ではありません。
小宮山先生を通じ、近代インプラント治療の祖であるブローネマルク教授に孫弟子として師事することができ、そのご縁でベルギーのリューベン大学に留学する機会を得ました。
現在はどちらも都内で開業している身ですが、何かにつけ相談にのってくださる有難い師です。

昔話のようで恐縮です。
長くなりましたので、残りのお二方については次回のコラムで紹介させていただきたいと存じます。

吉田デンタルクリニック
院長 吉田 浩一

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