洗練された平凡 ― 見えるということ

洗練された平凡 ― 見えるということ

2015年の最初のコラムとなりました。
皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年の年末年始は珍しく家におりまして、特に何をしたということはないのですが、録り溜めていたテレビ録画を一挙に片付けました。その中でひとつ記憶に残った言葉があります。
昨年のNHKの朝の連続ドラマ「花子とアン」の総集編で、花子がつぶやいた言葉です。
「私は洗練された平凡を求めよう。」

最近、従来のものに加え、さらに拡大率の大きなサージテルという拡大鏡を導入しました。
歯科はもちろん、脳神経外科、心臓血管外科、形成外科など、細かい部位を見ることを必要とされる外科系のドクターにとっても必需品かもしれません。そういえば、あのドクターXも手術中はこの拡大鏡を使っていましたね。

私が従来使用していたものは2.5倍、今回のものは8倍です。また、従来の拡大鏡よりさらに明るいLEDのヘッドライトもつけておりますので、その細部の見え方といったら比べものになりません。

本文

外科的な処置を伴う歯科治療では、治療部位が目視できないとお話になりません。
ドクターXのなかでも、師匠であるアキラさんは、まだ駆け出しの頃の大門美智子医師の指導にあたり、「川の水が流れるように基本手技を反復し、美しい最終術野を作る、それが私の考える理想の手術」と話していました。
要するに手術に際しては、基本手技を完全に自分のものとして、よく見えるきれいな術野を確保しなさい、ということです。これはそのまま歯科治療にも当てはまります。

近年、歯科用顕微鏡が徐々に普及してきました。特に根管治療(根の神経の治療)においては有用であり、根管治療専門医は殆どが使用されているのではないでしょうか。
私はブリッジ・インプラントなどの補綴(ほてつ)治療が専門ですが、補綴治療の前に、しっかりした土台作りとしての根管治療が必要な場合があり、私も顕微鏡の導入を検討いたしました。

確かに治療の状況を写真や映像に残すことが可能である点と、拡大率に関しては顕微鏡のほうが優れています。ただ、一点を見つめ続ける根管治療より、補綴治療で歯を削ったり、型採りの使用頻度が高いことを考慮すると、機動力の高い拡大鏡の方が私の治療スタイルには向いているという結論に至りました。顕微鏡であれ、拡大鏡であれ、医師が必要とするきれいな術野を確保できればよいわけです。

新しい年を迎え、特に目新しいこと、奇をてらったことを始めるわけではありませんが、患者さんの口腔内をよくよく見るということ、この当たり前ですが、「洗練された平凡」をもって、8倍の拡大鏡という新兵器とともに、今年も“こぴっと”(きちんと・しっかりと)理想に近い治療を目指していきたいと考えております。

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