歯根破折保存治療の経過(成功率)について

歯の根が割れたり、ヒビが入ったりという破折歯をなんとか抜かずに残すため、破折歯の再植保存治療を始めて4年が経ちました。

この間、歯根破折保存治療を希望して来院された患者さんは300名超。
そのうち、実際にこの治療を受けられた方は100名を超えました。

皆さまが一番気になるところは成功率だと思います。
私は5年以上の保存を目標としており、まだ最長4年しか経っておりませんが、以下、経過報告です。

破折保存治療症例数  103症例
そのうち治療がうまく行かなかったケースが14症例あります。
詳細は以下の通りです。

1 再植不可能 1症例
再植治療中に抜歯となったケースです。この方は非常に歯質が脆く、処置中に歯牙がバラバラになり、もとの歯の形に戻して再植することができませんでした。結果として抜歯になりましたので、当院でブリッジ治療を行いました。

2 固定除去同日脱落 1症例
再植治療を行い、1か月後に固定を除去しましたが、同日に歯牙が抜け落ちたものです。
このケースでは、ご本人が記憶にないほどの長期間、歯根破折の状況が続いていたようです。そのため、再植時に歯根膜が殆ど残っておらず、歯槽骨に歯根が生着しなかったと考えられます。

3 治療後に抜歯となった症例数 12症例
固定除去までは問題は無かったものの、その後の経過が思わしくなく、4年間の間に抜歯となったケースです。
原因としては
再破折 7症例(同じ歯の他の箇所が割れてしまったものも含みます)
動揺 5症例(再植は成功したが、歯の揺れが大きく、実用にならなかったもの)

結論として、4年経過後の治療実績としては、再植した102症例中88症例が現状での成功となり、成功率としては、概ね87%ということになります。

この数字が高いか・低いかは、患者さんご自身の判断に委ねます。
私のこれからの課題としては、3の段階(治療後に抜歯となった症数)をいかに少なくするか?です。

まだ発展途上の治療法ですが、現段階での報告が、多少なりとも歯根破折保存治療を検討されている皆様の参考になれば幸いです。

欧米人の歯はなぜ綺麗なのか?

日本が史上最多のメダルを獲得したリオデジャネイロオリンピックが終わりました。
大会期間中、競技のハイライトシーンのスローな映像や、表彰台に並ぶ笑顔の選手達の様子が繰返し放映されていましたが、そのような時、職業柄、どうしても選手たちの口元に目が行ってしまいます。
そしていつも感じるのは欧米人の歯の美しさ、それに比較し、残念ながら日本人選手のデコボコの歯並び・見える箇所の銀歯の被せ物など、ついつい溜息をついてしまいます。

当院でも定期的に歯のクリーニングにお出でになる欧米の方が数名いらっしゃいますが、歯周病や虫歯は皆無で、ここ数年で私が行った治療と言えば、せいぜい親不知の抜歯くらいです。

ではどうしてこのような顕著な差が出るのでしょうか?
まずは骨格の相違です。
私達モンゴル系民族(モンゴロイド)は、もともと頭蓋骨が前後に短く、上から見ると横に長い形をしています。歯の並び(アーチ)はアルファベットのUの字の形をしていますが、その形が浅いため、叢生(ソウセイ=歯の重なり)や八重歯、反対咬合(=いわゆる受け口)などの発生率が高いと言われています。
さらに日本人は近年、硬いものを噛まなくなったことで顎が小さくなる傾向にあるのですが、1本1本の歯の幅が大きく、顎のアーチに綺麗に並びきれないことから、デコボコの歯並びになりやすいようです。

それに比べ、欧米人(コーカソイド)は縦に細長い頭蓋骨の形をしており、アーチは狭いUの字で、叢生は起こりにくくなっています。もちろん欧米人でも歯並びに問題のある人はいますが、歯に対する意識が高く、矯正治療は日本より普及しており、たとえ費用がかかっても殆どの場合、成人までに綺麗な歯並びに治します。
ちなみに欧米では八重歯はVampire teeth (吸血鬼の歯)と呼ばれ忌避されます。
一方、日本では八重歯は「愛嬌がある・可愛らしい・小悪魔的」等の評価をする人が少なくなく、わざわざ、つけ八重歯を入れる人までいらっしゃるようです。価値観の相違でしょうか。

Close-up  of a woman's glamorous smiling lips

Close-up of a woman’s glamorous smiling lips

次に考えられるのは歯科治療に対する考え方の相違です。
欧米では虫歯や歯周病は自己責任であり、健康保険適用外が殆どです。よって治療費は高額になるため、徹底したホームケアが根付いており、多種多様な予防歯科グッズも販売されています。
それでも虫歯になってしまったら、歯科医院に行くことになります。治療費は高額ですが、それに見合った質の高い治療が行われます。

翻って我が国では歯科治療は健康保険でカバーされるため、低料金で治療を受けることができます。よって患者さんはご自身の歯で一生噛むためにはどうすればよいか?という長期的な視点に欠け、とりあえずの治療で済ます場合も多く見られます。
さらに支払った金額に見合う治療とその後のご自身のホームケアの意識の欠如から二次虫歯を引き起こし、小さな銀歯の詰め物からより大きな詰め物、そして銀歯の被せ物やブリッジと、どんどん歯を失っていくわけです。

上記の2点以外にも日本の水道水の質(硬水・軟水、フッ素の含有)など、諸説あるのですが、これだけ国際化が進んだ現代社会で、オリンピックはもちろんですが、国際会議その他、世界の人と一堂に会する機会が多いなか、口臭があったり、歯並びがデコボコだったり、銀歯がキラリでは、日本人同士なら許されても外国人は容赦しないでしょう。歯の問題だけで、知的・経済レベルが劣っていると判断されたらちょっと悔しくないですか?

4年後はいよいよ我が国で東京オリンピックが開催されます。
骨格の相違は致し方ないですが、歯に対する意識は私達が変えることはできるはずです。
表彰台の上で、日本人選手の美しい歯並びの笑顔が見られるとよいなと思います。

インプラントか歯根破折保存治療か

先日、前歯の差し歯が取れていらした当院の患者さんのお話です。この方は、数ヶ月前にも同じ箇所の差し歯が取れ、患者さんのご希望でそのまま装着したものの、また外れてお越しになりました。
取れてしまった歯の支えとなる歯根部をよくよく確認したところ、縦に割けており、そのため短期間で脱落してしまったものと思われます。歯根破折という診断になります。

従来なら残念ですが抜歯となるところです。前歯が無いままでは困りますので、抜けた歯を補う補綴(ほてつ)治療が必要となりますが、この患者さんの場合、問題となっている歯の隣に既にインプラントが入っているためブリッジ治療は適用できず、選択肢はインプラントとなります。

とは言え、インプラント治療には時間と費用がかかりますので、いきなりインプラントにするより、ご自身の歯を残せる可能性がある歯根破折保存治療という選択肢があることを患者さんにお話しました。ただ、歯根破折保存治療はまだ歴史も浅く、成功率も100%でないことをお伝えすると、患者さんは「だったら抜いてインプラントの方がいいんじゃないの?」と仰いました。

私は歯根破折保存治療がうまくいかなかった場合、それからでもインプラント治療は可能なことをお伝えし、患者さんも一旦は納得されたのですが、翌日、来院され、やはり初めから抜歯してインプラントにしたいということでした。この患者さんは既に当院でインプラント治療をお受け頂き、その長所・短所を良く理解しておられます。歯根破折保存治療については説明を聞いただけで、実際に治療を受けたことは無いため、それなら自ら経験し、具合のいいインプラントを選択しようとお考えになったのでしょう。

前置きが長くなりましたが、歯が折れた・割れた等の歯根破折の際、患者さんが治療の選択選択に迷われたら、以下、私からのアドバイスになります。

* 歯根破折保存治療
歯を残せる可能性があり、できるだけご自身の歯を残したいご希望がある場合は歯根破折保存治療をお勧めします。歯根破折保存治療の予後が良くない場合、それからでもインプラント治療を選択することは可能です。


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* インプラント(もしくはブリッジ・義歯など)
ご自身の歯を残すことに特段固執せず、できるだけ確実な治療を希望される場合は、直ちに抜歯して、インプラント治療等を選択されても良いと思います。ただ、インプラントの場合、全ての方に適用できる治療法ではないことをご理解頂き、インプラントを前提に抜歯をする際は、その点をきちんと確認しておいた方が良いと思います。ブリッジ・義歯に関しては、一番奥の歯でなければ、通常は治療可能となります。

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前述の患者さんの仰ったお言葉です。
「だってインプラントの方が丈夫で長持ちするでしょう?」
いやいや、ひょっとすると歯根破折保存治療でも10年単位で持つかもしれません。

結局は患者さんの価値観なのです。
私はただ、医学的に間違っていなければ、患者さんの価値観を尊重し、選択された治療法に対し、最高の結果を出せるよう治療を行うのみです。

危険な「ブラキシズム」をご存じですか?

危険な「ブラキシズム」をご存じですか?

ここ数年、歯の根が折れた・割れたという主訴で、歯根破折保存治療噛み合わせ(咬合)治療を希望される患者さんが増加傾向にあります。
今回はそれらと深い関わりを持つ、ブラキシズムについてのコラムです。

「ブラキシズム」とはなじみのない言葉だと思いますが、「歯ぎしり」でしたらご存知でしょう。
この歯ぎしり・噛みしめ・食いしばりを総称して「ブラキシズム」といいます。
そして、このブラキシズムは、皆さんの想像以上に歯には大きなダメージを与えてしまいます。

一般的に人が歯を失う原因は、外傷を除けば細菌感染と噛み合わせの力の問題によるものです。
1位の虫歯や歯周病は、主たる原因が細菌感染で、2位の歯牙・歯根の破折は、噛む力の問題によります。

もちろんブラキシズムが無くても歯が割れる可能性があります、ただ、ブラキシズムのある方の場合、歯牙・歯根の破折の可能性は非常に高くなります。また、ブラキシズムによる悪影響は歯牙・歯根破折のみならず、顎関節症、歯の摩耗、知覚過敏など、様々な症状を引き起こします。また歯周病にブラキシズムが加わると、急激に歯周病が進むともいう報告もあります。

ただ、やっかいなことに、ブラキシズムはなかなかご自身では認識しづらいものです。
就寝中の歯ぎしりは音が出ますのでご家族に指摘されて発見される場合もあるのですが、噛みしめは音が出ないので、他覚的には分かりにくいものです。私たち歯科医師や歯科衛生士がお口の中を拝見し、すり減った歯の状況から判明することが殆どです。

このブラキシズムの原因なのですが、残念ながらまだはっきりとは解明されておりません。
全身的な因子としては先天的なもの、ストレスなどがあげられます。また、局所的因子(口腔内の問題)としては噛み合わせの問題が挙げられています。

原因が明確でないため、治療法にも明確な指針がないのですが、全身的な因子によるものは、歯科医院では治療困難であり、対症療法としてナイトガードの使用があげられます。

ナイトガードとは、夜間、就寝中にマウスピースを装着して頂き、歯ぎしりや噛みしめがあっても、マウスピースがクッションとなり、個々の歯へのダメージを軽減しようというものです。
当院では3種類の素材のナイトガードを扱っております。薄い素材のほうが違和感は少ないのですが、その分、耐久性に劣ります。厚ければ耐久性には優れますが、その分、装着時の異物感が強くなります。

ブラキシズム

また、ブラキシズムが原因での歯根破折を起こした場合、せっかく治療が成功しても、ブラキシズムにより再度その歯、もしくは他の歯の破折を起こす可能性があります。そのような場合、予防処置としてナイトガードの装着をお勧めしています。噛み合わせの問題については歯科界でも統一見解がないのですが、当院では咬合調整を推奨しています。

虫歯が減りつつある現在、次に注目される口腔の問題がこの「ブラキシズム」なのです。
ただこのストレス社会ですから、なかなか根絶は難しいかもしれませんね。
頬杖をつかない、電話を首に挟んで話さないなど、ちょっとした習慣を改めることで、ブラキシズムを起こさずに済むかもしれません。当院では、このブラキシズムについてわかりやすく説明した書籍を待合室に置いております。是非一度ご覧いただき、ご自身にブラキシズムが無いか、セルフチェックをなさってみてはいかがでしょうか。

そこはかとない緊張感

そこはかとない緊張感

さて、今回は歯科の世界を離れ、ベルギーのお話をさせて頂きます。
なぜベルギーかというと、ベルギーは私が吉田デンタルクリニックを開業する以前の大学在職中、短期間ですが留学をしていた思い入れのある国なのです、
1994年のことですから、もう22年も前のことになります。

本年2016年はベルギーと日本の友好150周年の記念の年であり、そのためか、比較的ヨーロッパの中ではマイナーな(?)存在であるベルギーを特集した番組が多いようで、今年に入って既に3回も放映がありました。そのなかで印象に残った言葉があります。

「そこはかとない緊張感」

ベルギーに「そこはかとない緊張感」が漂うのは、この国がかなり複雑な環境にあるからです。
面積は日本の四国の1.5倍ほどですが、1993年の憲法改正で連邦制に移行し、ブリュッセル首都圏地域、フランドル地域(北側半分)、ワロン地域(南側半分)の3つの地域と、フラマン語(オランダ語)共同体、フランス語共同体、ドイツ語共同体の計6つの組織で構成されています。日本人からみるとチョコレートとワッフルと小便小僧で有名な美食の国でありますが、内情はなかなか大変です。

私が見た番組の一つでは、同じベルギー人でありながら、集まって会話をする際、それぞれが相手の語学力を考えながら適切な言語を選んで会話するという場面がありました。また、フランドル地域とワロン地域には経済的な格差もあり、イギリスのスコットランドやスペインのカタルーニャ同様、独立運動の動きもあります。その際、「そこはかとない緊張感」という言葉が出てきたのでした。

私の留学先は首都ブリュッセルから車で30分ほど、オランダ語圏のルーヴェンという町でした。
世界中から学生が集まっていたので、公用語は必然的に英語でしたし、大学町でしたので治安も良く、その頃は能天気に暮らしていたものでしたが、昨年のパリでのテロ事件の主犯がベルギーで生まれ育ったベルギー人であることにはとてもショックを受けました。ただ、ベルギーがあのように言語・民族・人種が複雑に入り混じった国であることを鑑みると、客観的に見ればさほど不思議ではないのかもしれません。

今年は2年に一度、市の中心部にあるグランプラスという広場で開催されるフラワーカーペットの年に当たります。ベゴニアの生花を巨大な花のじゅうたんとして敷き詰めるこのイベント、毎回のテーマがあるのですが、今年は「日本」だそうです。

ベルギーブリュッセル・グランプラスのフラワーカーペット

写真は私の滞在時のフラワーカーペットの様子です。
これからもベルギーが「そこはかとない緊張感」を保ちながら、同時に平和な国であってほしいと願っています。そして今年のフラワーカーペットが、無事に開催されることを祈ります。

あまりに毛色の違った院長コラムになってしまったので、ここで強引に歯科治療に結び付けようと思うのですが、「そこはかとない緊張感」は、治療を行う上で、患者さんにもあったほうが良いと思います。

「全て先生にお任せします。」という患者さんがたまにおられます。
歯科医師を信頼してくださってのお言葉と思い、有難いのですが、それでもご自身の身体にかかわる問題なので、ある程度、治療に積極的にかかわり、ご希望やご心配なことはおっしゃっていただいたほうが、より治療の成功につながると思います。

もちろん、私は「そこはかとない緊張感」ではなく、「120%の緊張感」をもって治療に当たります。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。

杭工事データ改ざんから医療の倫理について考える

杭工事データ改ざんから医療の倫理について考える

少し前になりますが、横浜のマンションの基礎杭工事で、データの不正改ざんが発覚しました。
その後、全国で同様の問題が次々と報告され、業界全体を揺るがす大きな問題になっています。

一連の報道を見ながら、私はある患者さんのことを考えていました。
この方は、ご自身のご両親の代から同じ歯科医院におかかりで、口腔内を拝見すると全て保険外の被せ物で修復されており、これまでかなりの額の治療費をかけられていると推測されました。

ではなぜこの方が当院にいらしたかというと、歯茎からの出血が続いていたため、かかりつけの歯科医に相談したところ、問題は無いと言われ(!)、次に内科医に相談したところ、全身的な問題で歯茎からの出血が常態化するとは考えにくく、歯の問題である可能性が高いとのご判断で、その内科医の紹介で当院にいらしたのです。

歯茎からの出血で最初に疑われるのは歯周病です。
歯周精密検査の結果、健康な歯茎であれば深さ2~3ミリであるはずの歯周ポケットが、浅いところでも7ミリ、奥歯は10ミリ以上で、全ての歯から出血が確認されました。

これは明らかに重度の歯周病です。
歯科医師ならこの重度の歯周病に気づかないはずはありません。
また、ここまで歯周病が進行するには、かなりの年月がかかっているはずです。
当院でただちに歯周病治療を開始しましたが、残念ながら既に保存不可能な歯もありました。

患者さんは長年、口臭と歯茎からの出血に悩み、歯槽膿漏(歯周病)ではないか?と何度尋ねても大丈夫と言われ続け、また、一度も歯周病検査を受けていなかったそうです。
かかりつけの歯科医はもちろん患者さんの歯周病はわかっていたはずですから、憶測ですが、(敢えて)告げなかったのではと思います。

ではなぜ告げなかったのか?
自院では歯周病治療を行っていなかったのかもしれません。歯周病治療は場合によっては痛みや腫れが伴います。セラミックを被せたり、ホワイトニングで歯を白くしたりなど、見てすぐ効果がわかるわけではないので、患者さんにはあまり嬉しくない治療かもしれません。
ですが、歯の土台をしっかりさせて、歯を長く持たせるためにはどうしても必要な治療であり、これは歯科医師であれば誰でも知っていることなのです。

杭工事データ改ざんから医療の倫理観について考える

杭工事の問題に戻りますが、テレビ番組の解説で、ある大学教授が、これは「住民に対する裏切り行為である。」と話されていました。
大手のデベロッパーの物件であることに信頼を寄せて、マンションという高額な買い物をしたのです。まさか基礎の杭打ち工事のデータに不正があったなどと、考えてもみなかったことでしょう。

この患者さんの場合も、残念ながら同様の状況ではないでしょうか。
歯を支える土台の工事(歯周病治療)をせず、綺麗な被せ物を入れてしまえば、患者さんにはその下は見えないからいいだろうということなのでしょうか。
ふと思ったのですが、このような治療は、杭工事の問題同様、日本全国で広く行われていることなのでしょうか。この患者さんがたまたま当院にいらしたので、私が気がついてしまっただけなのでしょうか?

どのような職業であれ、倫理は必要ですが、人の身体に責任を持たねばならぬ医療人は、より崇高な倫理が要求されるものと私は考えています。
歯周病があり、土台の具合が悪いところに高額な修復物を入れることなど、私には考えられないことです。

私が今すべきことは、この患者さんができるだけ長く、ご自身の歯で快適に噛めるような治療を行っていくことです。歯科医師としての倫理に従い、自分自身に恥じることのない治療をこれからも行っていきたいと、改めて再確認した出来事でした。

歯根破折=即 抜歯=インプラント ではありません

歯根破折=即 抜歯=インプラント ではありません

先日、ダイヤモンド社の雑誌で歯の最新治療が取り上げられ、そのなかで歯根破折保存治療も紹介されました。
実際に記者がこの治療を受けた体験談も載っており、歯根破折保存治療も徐々に市民権を得つつあるようです。
この治療を受けられる歯科医院のひとつとして当院も掲載されているからか、歯根破折保存治療についてのお問い合わせが増えています。

以前のコラムでも書かせて頂きましたが、この治療についてのお問い合わせのうち、8~9割が、歯科医師から歯の破折を宣告され、これはもう抜歯してインプラントしかないと説明を受けられた方からのものです。なかにはその日のうちに抜歯しましょうと言われ、気が動転した患者さんは、慌てて逃げ帰ってきました、というケースも伺いました。

あまりに皆さんが口を揃えて「インプラントしかないと言われた」とおっしゃるので、試しにインターネットで破折について検索してみたところ、「歯の根が折れたらインプラント」というような謳い文句の歯科医院が複数あり、あぁ、なるほど、と思いました。

歯の根が折れたり、ヒビが入って歯茎が腫れた、噛むと痛い、こんなに辛いなら抜いてしまったほうが楽だ、と患者さんが訴えるなら、歯科医師はすぐに抜歯の処置に入るべきかもしれません。ただ、患者さんご自身にお困りの症状がないのに、「抜歯してインプラントしかありませんね」と歯科医師にインプラントに誘導されても、患者さんにとってはそれこそ晴天の霹靂で、すぐには抜歯には踏み切れないお気持ちは尤もだと思います。

先日いらした患者さんも抜歯を宣告されてから自宅に戻り、インターネットで検索の結果、歯根破折保存治療を見つけ、この治療を行う1軒目の歯科医院では歯科医師から治療不可能と診断され、2軒目の歯科医院では電話で状況を説明したところ、診察せずにそのまま断られ、3軒目で当院にお越しになり、やっと治療を受けられて無事、治療成功となり、抜歯を免れることができました。

このダイヤモンド社の雑誌には、歯根破折保存治療が受けられる歯科医院として、東京都内で5軒の歯科医院が掲載されています。基本的な治療法は同じだと思いますが、健康保険外の治療法ですので、それぞれの歯科医院で治療費の設定に差があったり、また歯科医師の考え方にも差は出てくるのでしょう。

歯根破折保存治療に関しては、いろいろな考えがあると思います。この治療をなさっていない圧倒的多数の歯科医師にとっては歯の根が折れた=抜歯という考え方が一般的ですし、その延長としてインプラントを勧めるのだと思います。確かに破折した歯をそのまま放置することは、将来的な治療に悪影響を及ぼす心配はありますのでお勧めはしませんが、歯根破折保存治療を行うことにより、抜歯せずに済む可能性があります。
診断の結果、この治療法が適用できず、残念ですが、状況として抜歯しか選択肢が無いというケースもありますが、全ての症例が抜歯の選択肢しかないというわけでもありません。

全ての歯根破折=即 抜歯=インプラント ではありませんのでご安心下さい。

ちなみに私はインプラント専門医の資格を持っていますが、インプラントご希望の方以外に、私からインプラントをお勧めすることもありませんので、こちらもご安心下さい。

歯根破折症例写真

ブローネマルク・システムを知らない?

ブローネマルク・システムを知らない?

先日インプラント学会認定専門医の資格取得を目指す歯科医師向けに、1年間にわたる講習会の第1回が開催され、講師の一人として講義をさせていただきました。講習会終了後、聴講者の一人である先生が私のところに質問に見えたのですが、その質問の内容が・・・

「先生、今日は有意義なお話を有難うございました。ところで先生が講義の中で話されていたブローネマルク・システムというのはすごいですね。どんなインプラントなのですか?
ノーベルバイオケアとか、3iとかなら知っているのですが。」

私は唖然としました。
インプラントの専門医を目指す歯科医師が、ブローネマルク・システムを知らない???

インプラント治療を手がけているまっとうな歯科医師であれば、この私の驚きがどれほどのものか、ご理解いただけると思います。ただ、一般の方にはわかりにくいと思いますので少し解説させて頂きますと、ブローネマルク・システムとは、スウェーデンのイエテボリ大学医学部のブローネマルク教授が世界で初めてチタンと骨との結合を発見し、その教授が開発された世界で最も普及しているインプラントシステムです。

義歯の限界―インプラントへどこで踏み切るか?

そのブローネマルク・システムを販売しているのがノーベルバイオケア社で、また、3iとは他社が取り扱っているインプラントシステムです。この先生はインプラントシステム自体と、それを扱う業者の区別さえついていないのです。

繰り返しになりますが、この講習会はインプラントの専門医の資格取得を目指す歯科医師が対象の講習会です。治療の経験がある先生も、未経験の先生もいらっしゃるので、知識・技術にばらつきがあるのは致し方ありません。ただ、前述の先生は全くのインプラント初心者ではありませんでした。ある程度の知識があり、わざわざ休日を潰して講習会に参加し、インプラント専門医を目指そうという歯科医師に、このような基本的な知識が欠如していることに私は驚愕したのです。

昨年末にお亡くなりになったブローネマルク教授ですが、いつだったか、教授の直弟子で、私の師である小宮山彌太郎先生から、ブローネマルク教授が「もうインプラントは私の手に負えなくなった」と嘆いていると伺いました。
ブローネマルク教授が純粋に歯を失って悩む患者のためと生み出した治療法が、何故か商業化の波に乗せられ、世界中で様々な(なかには問題を含む)インプラントシステムが氾濫する結果となり、インプラント産みの親にもコントロールできなくなったことを嘆いていらしたわけです。

以前のコラムでも書かせて頂きましたが、今から30年以上前、母校の東京歯科大学にブローネマルク教授をお招きし、実際に日本初のインプラント治療を目の当たりにし、このような素晴らしい治療法が日本に導入されたのだという感激、興奮はその場にいた人間しかわからないかもしれません。

いつまでもこんな昔話をしていると、時代遅れと言われてしまいそうです。ですが、インプラント治療の祖であるブローネマルク教授が生み出したインプラントシステムを知らない専門医が育成されることは嘆かわしいことです。治療技術の習得以前に、インプラントの原点をまず理解し。基本を踏まえたうえで、そこから先は、個々の歯科医師が治療技術の発展につなげてくれればと願っています。
インプラント治療のスペシャリストとして養成される歯科医師を指導するものの一人として、その使命・役割を再認識させられた、帰りの新幹線でのひとときでした。

義歯の限界―インプラントへどこで踏み切るか?

義歯の限界―インプラントへどこで踏み切るか?

当院に長く通われている、今年90歳になる女性の患者さんのお話です。
それまでお使いだった総義歯の不具合を訴えていらしたのは1999年で、その後16年間のうちに私が数回、義歯を作製しました。新しい義歯が入った当初はよく噛めていたものの、数年すると合わなくなり、ここ数年は調整を行ってもなかなか以前のように噛むことができなくなってきました。
患者さんは新しい義歯を作れば良くなるのではとお考えなのですが、歯科医師としては、この状況が劇的に改善するとは考えにくく、残念ながらこれが義歯の限界なのです。

つまり長期にわたって義歯を使用することにより、顎の骨が徐々に少なくなり、顎堤(歯が生えていたところの歯肉の盛り上がり)が下がって平らになってきますので、義歯の、特に水平方向での安定性が損なわれ、義歯が動きやすく、外れやすいものになってしまうのです。

義歯の限界―インプラントへどこで踏み切るか?

総義歯に代わる補綴(ほてつ)治療の選択肢として、インプラント治療があります。
インプラントは外科処置を伴いますので基本的にこちらからお勧めすることはないのですが、この患者さんの場合、総義歯ではすでに限界であり、インプラントにすれば、はるかに噛めるようになることがわかっているので、お話ししてみました。

噛めるということについて、総義歯と比較してインプラントの優位性についてのエピソードです。
私はインプラント専門医・指導医ではありますが、それ以前に補綴専門医・指導医であり、大学では学生には総義歯の作製を指導している身です。私が自身の勉強のため、参加させて頂いたセミナーの講師で、総義歯治療で高名な先生ですら、現在では総義歯の難症例ではインプラントの応用を推奨されておられました。

現に、総義歯治療が得意であった父の歯科医院の患者さんで、義歯がどうしても合わず当院でインプラントにしたところ、劇的に噛めるようになった方がいらっしゃいます。
元々、インプラントは下顎に1本も歯のない方のために開発されたものですが、私の母も総義歯からインプラントに替えたことで、人生が変わったと申しておりました。

私のこれまでの経験から申し上げると、インプラント治療を受けて、最もその効果を実感できるのは、それまで総義歯をお使いだった方です。
前述の患者さんに戻りますが、「インプラントは恐いから」とずっと拒否されていたのですが、ここ数年はいよいよ噛めなくなり、こんなことならもっと早くにインプラントにしておけばよかったと後悔されているようです。ただ、90歳の今からインプラントにするかどうか、全身状態も鑑み、年齢によるリスクを考えると、患者さんもご家族も歯科医師も安易には手術に踏み切れない状況です。

またご家族によれば、この患者さんは昨年から認知症の症状が出始めているとのことでした。認知症発症の原因のひとつとして、十分に噛めなくなったことで歯根の周囲にある歯根膜や咀嚼筋(顎を閉じるための筋肉)から脳への刺激がなくなり、それが認知機能の衰えを招くという研究結果も出ています。

インプラントが日本に導入される以前は、全ての歯を失った場合の治療法は総義歯のみでした。
現在のように平均寿命が90歳近くなると、もし50代から総義歯になってしまうと、前述の患者さんのように30年以上義歯を使い続けることになります。
その間、徐々に顎の骨を失い、義歯が使いづらくなって食事を楽しめなくなり、脳に刺激が伝わらないことで認知機能に障害が出てくる可能性を考慮すると、生涯、義歯で不自由なくものが噛めてQOL(生活の質)を保つことには限界があるように思えます。

だからと言って歯を失ったらすぐにインプラントをお勧めするわけではありませんが、外科処置を伴うインプラント治療では、全身疾患の状況を考慮する必要があり、あまりお歳を召してからだと手術が困難になる場合もあります。

以前のコラムで取り上げた記事に「歯を失うと家計まで苦しい」というのがありました。
昨今の状況では、「歯を失うと認知症のリスクが高まる」というのが事実かもしれません。
自分の歯であれ、人工の歯であれ、十分に噛めることが、いろいろな意味で健康的な長寿社会を楽しむための鍵になるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

洗練された平凡 ― 見えるということ

洗練された平凡 ― 見えるということ

2015年の最初のコラムとなりました。
皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年の年末年始は珍しく家におりまして、特に何をしたということはないのですが、録り溜めていたテレビ録画を一挙に片付けました。その中でひとつ記憶に残った言葉があります。
昨年のNHKの朝の連続ドラマ「花子とアン」の総集編で、花子がつぶやいた言葉です。
「私は洗練された平凡を求めよう。」

最近、従来のものに加え、さらに拡大率の大きなサージテルという拡大鏡を導入しました。
歯科はもちろん、脳神経外科、心臓血管外科、形成外科など、細かい部位を見ることを必要とされる外科系のドクターにとっても必需品かもしれません。そういえば、あのドクターXも手術中はこの拡大鏡を使っていましたね。

私が従来使用していたものは2.5倍、今回のものは8倍です。また、従来の拡大鏡よりさらに明るいLEDのヘッドライトもつけておりますので、その細部の見え方といったら比べものになりません。

本文

外科的な処置を伴う歯科治療では、治療部位が目視できないとお話になりません。
ドクターXのなかでも、師匠であるアキラさんは、まだ駆け出しの頃の大門美智子医師の指導にあたり、「川の水が流れるように基本手技を反復し、美しい最終術野を作る、それが私の考える理想の手術」と話していました。
要するに手術に際しては、基本手技を完全に自分のものとして、よく見えるきれいな術野を確保しなさい、ということです。これはそのまま歯科治療にも当てはまります。

近年、歯科用顕微鏡が徐々に普及してきました。特に根管治療(根の神経の治療)においては有用であり、根管治療専門医は殆どが使用されているのではないでしょうか。
私はブリッジ・インプラントなどの補綴(ほてつ)治療が専門ですが、補綴治療の前に、しっかりした土台作りとしての根管治療が必要な場合があり、私も顕微鏡の導入を検討いたしました。

確かに治療の状況を写真や映像に残すことが可能である点と、拡大率に関しては顕微鏡のほうが優れています。ただ、一点を見つめ続ける根管治療より、補綴治療で歯を削ったり、型採りの使用頻度が高いことを考慮すると、機動力の高い拡大鏡の方が私の治療スタイルには向いているという結論に至りました。顕微鏡であれ、拡大鏡であれ、医師が必要とするきれいな術野を確保できればよいわけです。

新しい年を迎え、特に目新しいこと、奇をてらったことを始めるわけではありませんが、患者さんの口腔内をよくよく見るということ、この当たり前ですが、「洗練された平凡」をもって、8倍の拡大鏡という新兵器とともに、今年も“こぴっと”(きちんと・しっかりと)理想に近い治療を目指していきたいと考えております。